仕入屋錠前屋45 傷を抱えた善 3
「ああ、あれお前のとこのバイトの子なのか」 秋野は自分の部屋のソファにだらしなく身体を伸ばして何やら本を手にしていた。 格好も部屋の中も小奇麗で洒落た感じに見える癖に、怠惰とも見える手足の投げ出し方がやけに似合う […]
仕入屋錠前屋45 傷を抱えた善 2
「うちの主人が絵画キチガイなのは、秋野は知ってると思うけど」 想像を裏切らない酒豪っぷりを披露しながら杏子が語った話はこうだった。 杏子の夫岩倉直弥は政界にも顔がきくと噂の画廊主で、画廊のほかにも画材屋から始めた […]
仕入屋錠前屋45 傷を抱えた善 1
秋野の黒いジャケットが、淡いオレンジのライトに照らされて鈍く光る。 細身の美しいシルエットに高級な生地。ベルギーだかどこだかのデザイナーのもので、数十万はする。その癖一見ただのジャケットで、服にも生地にも興味がな […]
仕入屋錠前屋44 ドラマティック・アイロニー 7
哲の口から低い怨嗟の声が吐き出される。その響きに悦楽は微塵も感じられないのに、身体の反応はまた別だった。 身体的な反射と脳が感じる感覚が別物というのはある意味人間だけなのではないかと秋野は思う。同じ刺激を与えられ […]
仕入屋錠前屋44 ドラマティック・アイロニー 6
レイの事務所は相変わらず洒落ていた。高級感なら今しがた寄ったばかりの善行の事務所も負けていないが、レイの方がこだわりとセンスがある分垢抜けている。しかしそれが何かを量る物差しになるかといえば、決してそんなことはない […]
仕入屋錠前屋44 ドラマティック・アイロニー 5
「ごめんなさい、急に」 一見晴れ晴れとさえ見える美也の笑みは、どこか昏い。秋野はレンタカーの助手席に乗り込んできた美也を横目で見て、内心で溜息を吐いた。 本当なら携帯を処分した後レイの事務所で調査結果を受け取るは […]
仕入屋錠前屋44 ドラマティック・アイロニー 4
哲の携帯が振動している。それはさっきから気付いていた。画面が明るくなっているのは見えるが、誰からかはそれだけでは判断出来ない。 先程から床の上を自らの振動で僅かずつ移動していた携帯が、暫く間をおいてまた鳴り出した […]
仕入屋錠前屋44 ドラマティック・アイロニー 3
「死体?」 思わず大きな声を出した秋野に、哲はうるせえな、と飢え死にしそうな野良犬のように不機嫌な顔を見せた。 乱れた髪を片手で更にかき回すものだから、状態は更に酷くなった。立てた膝の上に右肘を乗せ、煙草を持った […]
仕入屋錠前屋44 ドラマティック・アイロニー 2
哲に紹介しようとしていた男が地方に出張していたため、代わりを探したが、結果はあまり芳しくなかった。 間の悪いときというのはあるもので、今使えるその手の業者は一人だけ、しかも腕はいいが変わり者で通っており、気が進ま […]
仕入屋錠前屋44 ドラマティック・アイロニー 1
秋の長雨、とよく言うが、冬とは言えここのところは正にそんな空模様で、秋野は正直陰鬱な気持ちになりかけていた。 この季節は、雨の冷たさが内部から身体を冷やす。別に人より寒がりというわけではないが、やはり暖かい季節の […]