仕入屋錠前屋15 戦友
「うわぁー」 手塚自身の呑気な声が診察室に響き渡った。 声がでかくてうるさい、と文句を垂れながら、秋野は一番下に着ていたTシャツの袖を捲り上げた。手塚は秋野の左肩を矯めつ眇めつして、消毒液に浸した脱脂綿を手に取っ […]
仕入屋錠前屋15 知らないのは泣き方と剣の使い方 2
電話の向こうの川端の声は、どこかおかしな響きがあった。 「哲?」 「かけてきたのはおっさんじゃねえか。俺に決まってんだろ」 わざと憎まれ口を叩いてみたが、いつものような無駄口も返ってこない。数秒の間の後、強張った […]
仕入屋錠前屋15 知らないのは泣き方と剣の使い方 1
哲は年末の雰囲気が好きだ。 クリスマス頃までは街中もやけに慌しい。繁華街は様々な年齢、職業の男女で混み合い、あちらこちらで酔客や客引きの調子っぱずれな声が上がる。 しかし年の瀬を迎えると、それが徐々に落ち着いて […]
仕入屋錠前屋14 本気だったのかも
世界は赤と緑、金と銀で覆われている。哲は目をしばたたいた。右を見ても左を見てもクリスマス、クリスマスだ。 クリスマスの思い出は人並みに持っているが、家族と過ごしたのは中学生くらいまでの話だ。グレはじめてからは家に […]
仕入屋錠前屋13.5 この声は届かない
秋野は叩きつけるように部屋のドアを閉めると、大股で外へ出た。 この季節にこの上着では寒すぎる。今更ながらそう気付いたが、部屋に戻る気にはなれなかった。 哲がいるから。 今目の前に哲がいたら、殴るか蹴るか、とに […]
仕入屋錠前屋13 愛を騙る手足
哲は隣に横たわる身体をまじまじと眺めた。閉じられた瞼、薄く開いた柔らかそうな唇。意外に睫毛が長い。何度会っても一度で名前を思い出せたためしがない。何だっけ。 ミホ? いや──ミキ。そう、ミキだ。 哲が身動きする […]
仕入屋錠前屋12 善も悪もない 2
突風に銀杏の葉が舞った。雨のようにばらばらと黄色い葉が哲の頭上に降りかかる。哲は煩げに右手を振って、舞い落ちた葉を払いのけた。 哲の着ている黒いパーカーが、黄色の中で奇妙に浮き上がって見える。それはまるで、錠前屋 […]
仕入屋錠前屋12 善も悪もない 1
「こういうのは、フツーに業者呼べばいいんじゃねえの」 哲の憮然とした声に、秋野と耀司は真面目な顔でかぶりを振ってみせた。 「いやいや、そんなことないよ、哲。恥ずかしいじゃない」 「何が」 「お医者さんが大事なカルテ […]
仕入屋錠前屋11 並木道を歩く
用があって訪ねたら、耀司から絶対いいから見ろと映画のブルーレイを渡された。哲も映画は嫌いではないが、積極的にあれこれレンタルしたり、有料の配信サービスに加入するほど好きでもない。 耀司から渡されたディスクはパッケ […]
仕入屋錠前屋10 喜ばせたい。
川端の背広はくたびれきっていた。 オールシーズン椅子の背にかけているそのジャケットは、砂色をベースに様々な茶色が混じったツイードだ。よたよたの上着が実はディオールなんだと教えたときの哲の驚いた顔といったらなかった […]