リビングルーム

 うなじに食いつきながら名前を呼ぶと、静は、震えながら甘ったるい声を漏らす。
 だが、マゾっ気があるかというとそれは違って、やり過ぎると喜ぶどころかぶん殴られる。ついこの間うっかり力を入れ過ぎて流血させてしまった時は、激高した静に殴られ、俺が鼻血を出してぶっ倒れる羽目になった。細腕のくせして、静は強い。
 多分、シズカ、という名前のせいだろう。
 ガキの頃から女みたいだとからかわれることが多かった。だが、その度、静は拳に物を言わせて相手を黙らせてきたのだ。
 静の骨組みは華奢で、その上痩せている。だから、身長はそれなりにあるにも関わらず、威圧感はない。女顔では決してないが、綺麗に整った顔立ちはどこか人形を思わせる。若干色素が薄いこともあって、全体的に儚い雰囲気すら醸し出している。
 ところが、実際はえらく気が荒い。
 細く筋張った首筋に舌を這わせながら、どうしてこんな気性でこんな姿かたちに産まれたんだかな、といつも思うことを俺はぼんやり考えていた。
「ん──」
 静の低い声で我に返って、俺は奴の髪の中に突っ込んだ手をうなじに滑らせた。
 因みに空いた左手は静のスウェットと下着の中だ。
 生で掴んだ静の息子はガチガチで濡れている。
 首筋に歯を埋めながら手の中のものを擦り立てる。先端を親指の腹で押し潰すようにしたら静は小さく叫んで腰を揺らし、そうして不意に弛緩した。
「ほら」
 箱からティッシュを数枚引き出し、箱そのものは床に転がった静の腹の上に放る。俺が掌を拭っている間に静は手探りでティッシュに手を伸ばした。寝たまま後始末を終えてスウェットと下着を引っ張り上げた静の顔は、全部は見えないが、すっきりしている。抜いた後だから当然だが。
「お前な」
 俺は足を伸ばして静の腰を蹴飛ばした。
「……ああ?」
 ケツの向こうからやる気のない声が響く。
「いい加減女作れよ」
「……」
「なあ」
「っせえな。煙草くれ」
 しわがれた声で言って、静は寝たままこちらに手を伸ばした。
「禁煙すんじゃねえのか」
「禁煙すんのを止めた」
「ああ、そう」
 俺は煙草を銜えて火を点け、それを静の指の間に突っ込んだ。もう一本取り出して銜え、今度は自分で吸いつけながら、古びたアパートの狭い部屋を見回した。
 相変わらず、必要最低限のものしかない。生活感は一応あるが、どこからどう見ても殺風景で、女っ気のない部屋だった。
「麻理ちゃん、再婚すんだってな。おばさんから何故か俺んとこにも連絡来た」
「ん? ああ、らしいな」
「あんまり気にすんなよ」
「してねえよ」
 のっそりと起き上がった静の髪は乱れていて、首筋に俺の噛んだ跡がうっすら残っている。
「別に、もう関係ねえし」
「まあ、そりゃそうだけど、けどお前が──」
「もう帰れよ、夏。お前明日も仕事だろ」
 静は俺を遮って立ち上がった。腰骨に引っかかったスウェットから下着がはみ出している。
 ぼろいアパートのリビングルームに、黒い下着と白い肌のコントラストがやたらと映えるのがおかしかった。
 黒と白の境目を見つめる俺の視線には気づかずに、静は天井に向かって煙を吐いた。

 静が離婚して、同時に会社も辞めたのはちょうど一年くらい前のことだ。

 友達の友達だとかで知り合った麻理ちゃんという可愛い子に押しに押されて付き合い始め、結局二人は結婚した。
 営業成績トップのエリート社員、きれいな妻、新築の洒落たマンション。仕事は忙しそうだったが、静は幸せそうに見えた。
 社会人になり、仕事だと思えば、気性の荒さくらいは自力でコントロールできるようになる。営業職だからとそういう部分を抑え込み、麻理ちゃんと暮らす静はすっかり大人の男になって、幼馴染の俺も驚くほど違って見えた。
 そんなふうに、多分世間一般的にはいい方に変わった静を、麻理ちゃんはどう思っていたのだろうと思うこともある。
 どこで何が食い違い、溝が深くなっていったのか、夫婦のことは俺には分からない。
 優秀だからこその残業の多さは俺も知っていた。飲みに誘っても中々出てこられない。たまの休日はほとんど寝て終わる、と笑っていた、酷く疲れた様子の電話の声。
 先方の都合で急に出張がキャンセルになったある日の事だ。夫がマンションに戻ったら妻の浮気現場を目撃なんて、二昔前のドラマみたいなことが実際に起こったのだと、後で聞いた。
 浮気相手は静の上司で、家族同伴の懇親会か何かのときに顔を合わせたのがきっかけだったとか。静は翌月の月末に、慰留を振り切って会社を辞めた。並行してあっという間に手続き諸々を済ませて離婚して、マンションを引き払ってこのぼろいアパートに越して来たのだ。
「俺、明日は休みだけど」
「ああ? 何で。明日月曜だろ」
「祝日だぜ、明日」
 静はちょっと首を傾げ、ああ、あの日か──と祝日の名前を口にした。月金勤務の会社勤めを辞めて一年も経てば、連休に疎くなるのは当然だ。
「でもどっちにしても俺仕事行くけど」
「俺も一緒に行く」
「あ、そう」
 静は短くなった煙草をシンクの三角コーナーに放り込むと、シャワー浴びてくる、と言って風呂場に消えた。じきに聞こえてきた水音を聞きながら、俺は小さく溜息を吐いた。

 俺は学生時代、半年ほどバーテンダーのアルバイトをしていたことがある。その時の知り合いに声を掛けたら、ちょうど空きがあるとかで、すっかり勤労意欲の減退した静をバイトで雇ってくれることになった。
 静にバーテンダーの経験はなかったが、元々頭がよくて器用だから、簡単な酒くらいはすぐに作れるようになった。
 何より、きれいな顔が客寄せになって重宝しているらしい。確かに、カウンターはいつも満席だ。一人客が多いだけかと思っていたが、静の顔のお陰もあるのかもしれない。
「今日も綺麗だよなあ、静くんは」
 マスターは俺の前に山盛りの素焼きミックスナッツのボウルを置きながら、カウンターの向こうにいる静に目を向けにやにやした。
「こら、やらしい目で見んなよ、おっさん。つーか静も三十過ぎてるおっさんだからな」
「あ、そうか。夏川くんと同級生だもんね」
「ああ見えてすげえ気が荒いから気を付けたほうがいいぜ」
 マスターはアラフィフの自称バイセクシュアルで、今は女性のパートナーと同棲中。自己申告のプロフィールがどこまでネタで、どこまで本当かは知らない。
「でも、礼儀正しくてちゃんとしてるけど」
「余所行きに決まってんだろ。男相手だとすぐ殴るし。暴れ馬みてえなとこあるし」
「暴れ馬って……」
「いやマジで。よく営業なんかできんなってずっと思ってた」
 しかもトップ営業だ。だが、後で聞いたところによると、苦手な仕事だったせいで人より努力することになり、結果的にいい成績が出ただけらしい。
 新卒で営業に配属され断ることもできなかっただけの話で、本人は、二度と営業職なんかやらねえと断言していたが。
「その点夏川くんはそつない感じがぴったりだから、営業職って全然違和感ないよね。学生のときから外面だけはいいから、バーテンダーも嵌ってたし」
「外面だけって、マスター、酷くねえか?」
 マスターは俺が睨んでも平気な顔で、また静くん静くんと言い始めた。
「そんな睨まないの! あのねえ、番犬みたいに夏川くんがくっついてくんのに、静くんに言い寄るわけないでしょ」
 ポニーテールを揺らしてマスターはげらげら笑う。
「番犬って。別に毎日ついて来てるわけじゃねえだろ」
「ま、それはそうだけどね。あ、そういえばいつも訊こうと思ってたんだけど、幼馴染ってみんなそんなものなの?」
「そんなって何が」
 煙草を銜えた俺の向かいにマスターは遠慮なく腰を下ろした。小さい店だが繁盛していて、いつ来ても結構混んでいる。仕事しろよ、と思ったが、口には出さなかった。
「静くんが辛い目に遭って大変だったのは分かる。大手企業のエリート営業マンが今はこんな店でバーテンダーのバイトだしね。だから、小さい頃からずっと一緒だった夏川くんが心配するのも分かる。けどさあ」
 マスターはアーモンドを二つ口に放り込んでがりがりと噛み砕いた。
「もう一年経つし、それこそ三十過ぎた大人だよ。そこまで過保護にしなくても大丈夫じゃない? って俺は思うわけ。それとも、幼馴染ってそれが当たり前? 俺は幼馴染っていえるひとがいないからわかんないけど──」
「マスター、すみませーん」
 客から声がかかって、マスターはあっさり話を打ち切って離れていき、俺は山盛りのナッツに向かい合いながら、ぼんやりと煙を吐いた。
 言われなくたって、構い過ぎなのは分かっている。
 だけどあいつは俺がいなきゃ抜けもしねえし、なんて、マスターには言えないことだ。ずっと昔から、静は俺のだ、と思っていたことも。
 恋愛感情とは少し違ったのだと思う。気に入りのおもちゃ──というと誤解を招くか。静をモノ扱いしているわけではなくて、独占欲の一種と言えばいいか。友達の中で一番仲がいいのは俺だ、という自負のような、そんな感情。
 その証拠に、静が誰と付き合っても、気になったことはなかった。結婚すると聞いたときも単純に喜んだし、俺自身、好きな女はその時々でちゃんといた。
 それが変わったのは、初めて静が抜くのを手伝ったときだ。多分、あの時静が泣いていなければ、俺の気持ちもずっと昔と同じままだった。

 俺が部屋を訪ねたときに鍵が開いていたのはたまたまだった。引っ越して二ヶ月くらいは経っていただろうか。新しい部屋に慣れていなかったせいか、静は頻繁に鍵をかけ忘れていた。
「静、いるのか? お前また鍵開けっぱなしだぞ」
「あー……」
 静は部屋の隅っこに腰を下ろし、壁に凭れて煙草を吸いながら泣いていた。子供の頃はしょっちゅう見たが、長じるにつれ見る機会が減った幼馴染の泣き顔に、俺は心底驚いて立ち尽くした。
「なあ、夏──俺さあ、できねえの。溜まってんのに」
「……は?」
 何を言っているのか分からず問い返したら、静は唇を歪め、ちっとも楽しくなさそうな笑みを浮かべた。
「女とやんのはまだ、ちょっとなって思って……で、抜こうと思ったら、麻理とあいつのやってるとこばっか浮かんできてさ」
 頭に来て興奮できりゃそれでも別にいいんだけどなあ、と言って静は煙を吐きながら低く笑った。
「もう……忘れたって思ってたのに」
 はらはらと涙が零れ、静の着ているシャツの胸元に染みができる。
「何だろ、悲しいとかじゃねえよ、でも俺」
 涙を堪えようとする静の顔を見て、こみ上げた気持ちがどういうものなのか、その時はよくわからなかった。俺の、とまた思っただけだ。俺の大事なものが傷ついた。そう思ったら、堪らなくなった。
 静が男泣きに泣いていれば違ったのか。それとも、どうであっても辿り着くところは一緒だったか。考えても仕方ないことは頭の隅に追いやって、俺は靴を蹴り脱ぎ大股で部屋を横切った。
 静の前にしゃがみこみ、開いたままだったデニムの前から手を突っ込んだ。
「わ、夏!?」
 突然のことに慌てた静が煙草を取り落としそうになり、慌てて灰皿に放り込む。その手を掴んで壁に押し付け、下着の中で萎え切っているものを掬い上げた。
「何やってんだオイ!」
「なんか考えてろよ、別の女のこと」
「はあ!? んな無茶……」
「無茶じゃねえ、目ぇ瞑ってりゃ誰が触ってっかなんて分かんねえだろ」
「けどっ」
 しゃくりあげるような声を出した静は少しの間黙り込み、掠れた声で続けた。
「何思い出しても──全部、あいつに思える」
「……じゃあ、女にはされてねえことすればいいな?」
「──あ?」
 思い切り首筋に噛みついたら、静はぎくりと身体を強張らせた。
「痛え! ちょ、夏──痛えだろうが!」
「動物はやりながら噛みつくらしいぜ」
「って、あ、あ……!」
 キスしたかった。
 涙で濡れた睫毛を舐めたかった。
 でも、多分どんな愛撫も今は静にとっては要らないものだろう。だから、耳や首筋にきつく歯を立て、舐め回しながら手の中のものを擦り上げた。形を変え始めたそれが硬く勃ち上がり、仕舞いに爆ぜるまで。
「──すげえ、まだ出る」
 耳朶を噛み、からかうように囁きながら濡れそぼったものを扱いたら、静は唸るように文句を言いながらびくびく震えた。
 そうやって笑い話にしたかった。静のもので濡れた手を拭いながら、変わってしまった自分の中の何かから目を逸らしたかったから。
 もうこんなことはしなければいい。今まで通りでいればいい。そう思いながら、結局は親切ごかして同じことを繰り返し、その度に後悔して女を作れと言ってみる。
 本当は、もう誰のものにもなって欲しくないと思いながら。

「えーっ、あのバーテンダーさんって夏川さんのお友達なんですかあ!」
 隣に座った同じ部の三井田さんのアイシャドウがダウンライトできらきら光るのを眺めながら、俺は頷いた。
 相変わらず静はやる気のなさそうなツラでバーテンダーをやっている。昼間何をしているのかはよく知らないが、俺が部屋を訪ねるときはいつもぼんやり煙草を吸っている。
 離婚して暫くしてから突然禁煙するとか言い出したが、結局今も、以前と同じヘビースモーカーだ。
 今日は三井田さんの結婚祝いにかこつけた飲み会で、二次会で静のいるバーに来たのは、三井田さんの希望だった。勿論彼女は静と俺の関係なんか知る由もない。
「幼馴染っていうんですかね。家が近所で、小中高ずっと一緒だったんだよね。大学からは違うけど」
「ええー!」
「三井田さん、あいつと知り合いなの?」
 そんなに驚くことかと思って訊ねたら、彼女はスマホを取り出して何やら検索し始めた。
「ううん、私は来るの初めてですもん。でもすごいきれいなバーテンダーさんがいるってSNSとかで……ここって雑誌に載ったりして結構有名だし」
 ほら、と見せられた画像検索のページを見てぎょっとした。店名と「バーテンダー」という単語で検索した画面は、静の写真だらけだった。
 サラリーマン時代はすっきりと短くしていた静の髪は、今は学生時代のように少し長めになっていた。目の上にかかる色素の薄い髪。色の白い肌に落ちる睫毛と前髪の作る陰影が、写真で見ると印象的だった。見慣れているせいか実物を目の前にすると何とも思わない些細な部分が、写真だと却って目につく。
「彼目当てのお客さん多いみたい。でも全然喋らないから仲良くなれた人いないとかって書き込みも結構見ますけどね」
「そうなんだ……」
「ちょうど昨日くらいに、ちょっと有名な人がツイートしたとかで、わーって広まったみたいですよ。私もそれ見て、来たいなとか思っちゃって」
「へえ」
 女ではないからそう心配することもないのだろうが、それでも気持ちのいいものではない。後で身辺には気を付けるように言っておこうと思いながら、結局その日は静と話はできなかった。
 翌日は残業でまた機会を逸し、次の日になってようやく手が空いた。会社を出て、デパ地下に寄って適当な総菜を買った。静は大して家事をしないし、食うものがないからと言ってわざわざ買いに出るということをしたがらない。
 アパートの階段を昇って、静の部屋の前に立ち、ドアが閉まり切っていないことに気が付いた。建付けが悪いから、鍵をかけ忘れるとすぐこうなる。あいつまた、と思った途端、ついこの間静の写真が出回っていると聞いたことを思い出してざっと血の気が引いた。
「静!」
 思い切りドアを開けた俺の目に飛び込んで来たのは、おかしな奴に危害を加えられている静ではなく、小柄な女を抱き締めている静だった。
「うわ、悪ぃ!」
 焦るあまりビニール袋を放り出してドアを締める。外階段を降りながら、服を脱いでいたわけではないし、そこまで慌てなくていいのかと気づいた途端背後から大声で呼ばれた。
「夏!」
 静が階段を降りてきて、俺の腕を掴んで立ち止まった。
「何だよ、逃げることねえだろ」
「や、逃げてねえよ。邪魔したと思って──」
「してねえ。つーかお前、なんか忘れてったし」
「いや、あれは」
 引き摺られるように階段を昇ったところで向こうから歩いてきた女と行き合い、俺は思わず口を噤んだ。さっき静が抱き締めていた相手は、髪を短くした静の元妻だった。
「あ──夏川さん、お久しぶりです。ちょっと挨拶に来ただけなので、行きますね」
「麻理ちゃん……」
「じゃあな、麻理」
「うん。元気でね、静」
 静も麻理ちゃんも、穏やかな顔をしていた。
 静に促されて階段を昇りながら、俺は思わず肩越しに振り返って、遠ざかる小柄な後ろ姿を目で追った。
 どういう経緯で麻理ちゃんが静を裏切ったのか、俺は知らない。俺は静の友達だから静の味方だが、きっと麻理ちゃんにも言い分はあって、それは部外者がどうこう言えることではない。
 二人がこうして、よく知らない他人同士のように平穏に顔を合わせ、そして別れることができたなら、それはお互い区切りがついたということなのだろう。
 腕を掴んだままの静の指に目を向けて、少しだけ悲しい気持ちになった。静が麻理ちゃんを吹っ切ったなら、多分もう女とできないなんてこともなくなる。
 女がお前にしなかったことをしてやるなんて誤魔化して、自分のものにしたいという衝動のまま肌に歯を立て味わうことも。
 俺は、ドアを開けようとした静の手を掴み、ドアノブを捻るのを止めさせた。
「夏?」
 不審な顔で振り仰いだ静の背に覆い被さり、うなじに思い切り噛みついた。
「い──っ!」
 ドアに縫い留めた静の首にむしゃぶりつく。手当たり次第に噛みつきながら身体を押し付け、髪の毛を掻き回した。
「夏……っ、この、てめ!」
 思い切り身体を捻って俺を突き飛ばした静は、唾液でべったり濡れたうなじに手をやって舌打ちした。
 またぶん殴られるかもしれないなとか思いながらも足はそこから動かなくて、近寄って来た静の手が上がった時は、ほとんど目を閉じかけた。
 だが、拳が打ち込まれることはなく、静はまた俺の腕を掴んで引っ張った。
 安っぽいドアの内側に引っ張り込まれ、背中を押しやられるようにして部屋の中に押し込まれる。建付けの悪いドアをガタガタさせてどうにか鍵をかけ、静はぼんやり突っ立つ俺に相対した。
「何だよ、今の?」
「別に──」
「別にじゃねえだろ、あんなとこで」
 小さい頃からずっと、お前は俺の一番だった。昔は一番の友達で、今は、もっと違うもの。そんなことを言ったって、何が変わるわけでもない。高校生じゃあるまいし、こんなことで涙も出ないし、諦めるしかないことだって分かっている。
 それでもやっぱり俺は泣きそうで、諦める前に、つまらないことを口にしてしまうくらいには馬鹿だった。
「もう俺は要らねえだろ」
「……ああ?」
 静は眉間に皺を寄せて俺を見た。
「もう、ちゃんと区切りがついたんだよな。麻理ちゃんとのこと」
「ああ、それはそうだけど。それが──」
「だったら、俺がいなくたって一人でできるし、女ともやれんだろ。麻理ちゃん見習ってお前も早く」
「馬鹿かお前は!」
 突然静の平手が飛んできて、思い切り頭をはたかれた。
「いてっ! 痛えな! 何なんだよ!? 人が真面目に喋ってんのに!」
「何が真面目だ、このクソ馬鹿!」
 静は俺の脛を思い切り蹴飛ばした。
 脛を押さえて言葉もなく蹲る俺の肩に、さらに静の蹴りが入る。思わず床に尻を付けた俺の目の前に静が立ち、ドスの利いた声で俺を怒鳴りつけた。
「一度や二度ならともかく! 中学生じゃあるまいし、三十路も過ぎた野郎が半年以上もダチにカいてもらわねえと抜けねえとかそんなんあり得ねえって気づけ! どんだけ鈍いんだてめえ!」
「何──」
 静はこめかみに青筋を立てて重ねて怒鳴った。
「毎度毎度、お前に噛まれて感じて出してんだぞ! いい加減察しろ!!」
「は……?」
「俺が欲しいんだろ、夏」
 呆然とする俺を見降ろし、両手をゆっくりウェストの中に突っ込んで、ぎりぎり見えないところまでスウェットと下着を下ろしながら静は言った。
「あん時が最初か? それとももっと後? 気づいてねえと思ってたのかよ。俺の弄りながら、お前、いつもでかくしてたよな」
 ぎらつく目に浮かぶのは紛れもない欲と、見慣れた荒々しいそれだった。
 多分、妻には見せなかった静の一面。
「俺も最初は、そんなんじゃなかった。けど、お前が俺の部屋に来て、俺を見る目……」
 静は舌なめずりする獣みたいな獰猛な目で俺を見た。
「背中から見られてるときだって、分かってたぜ。後ろから突っ込みてえって目で見てたよな」
 静が両手で自らの股間を掴んだのが、布地の上から見て取れる。静は悩まし気に眉を寄せ、俺の目を見たまま顎を反らして熱く掠れた息を吐いた。
「なあ──言えよ」
 俺は、何も言わなかった。
 言わなかったが、手を伸ばした。

 じっくり時間をかけて中にすべて収めたときには、静はほとんど意味のある言葉は言えなくなっていた。
 夫婦二人で住んでいた洒落たマンションとはまるで違うみすぼらしい部屋。
 そんな部屋のど真ん中で脚を開き、俺を受け入れよがるお前を麻理ちゃんに見せてやりたい。そう囁きながら奥を突くと、静は乱れ、硬く勃ち上がったものを酷く濡らした。
 隙間なく繋がりたくて、指も押し込む。静は嫌がって身を捩ったが、いいところを引っ掻かれたら、もう嫌だとは言わなくなった。
 これは俺のものだと思いながら口づけ、抱き締め、その肉に歯を立てる。
 そうして幼馴染が見せる、今まで一度も目にしたことのない泣き顔を目に焼き付けた。

 その後、静に懸想したバーの客が、男女それぞれ一名ずつアパートに押しかけてくるに及び、俺はようやく奴に同居を承諾させた。