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零度の情熱 7

「よう、お疲れ」  越智が店に入ってきて、真っ直ぐカウンターに近寄ってきた。  越智の兄の店のバイトも今日が最後だ。越智は初日に会って以来顔を見せなかったが、昨晩のうちに明日は行くと連絡を寄越していた。  結局カクテ […]

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零度の情熱 6

 秋野がまた指輪を持って哲の部屋に現れたのは、居酒屋のバイトが終わってからだった。 「今日はあっちのバイトはないのか?」 「……ここに現れたっつーことは、ねえの知ってんだろうが」  肯定も否定もせず、秋野は靴を脱いで […]

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零度の情熱 5

 欲しい、欲しい、欲しい。  人の欲望には限りがない。食欲や睡眠欲は生きていくために必要だが、それだって、美味いものを食いたい、少しでもいい環境で眠りたいと、ただ手に入れれば満足するということもない。例えどんな味でも […]

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28 ご飯かお風呂かそれともあたし

「ただいま。起きてたのか」 「よう」  その日秋野は予定よりかなり遅く帰宅した。もっとも、伝えたからと言って哲が秋野の予定に行動を左右されることはない。だからとっくに眠っているだろうと思ったが、哲はまだ起きていて、で […]

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零度の情熱 4

「めちゃくちゃ助かる!」  越智は顔を輝かせて言うと、哲の手を取り、選挙運動中の政治家みたいにぶんぶん振り回した。 「マジで! ほんとありがとう!」 「つーか越智、手がもげる」 「もげねえだろ! 佐崎の手だぞ! 何人 […]

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零度の情熱 3

「半年くらい前にオープンした店だ」  秋野は煙草をふかしながら前髪を掻き上げた。そうするとライトが顔を照らし、目の色がごく薄い色に透けた。まるでガラス玉か、そうでなければ飴玉だ。口に入れたら腹を下すなと、意外によく考 […]

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零度の情熱 2

 仕事まで三時間もあったら持て余すと思ったが、体力お化けみたいな三十路野郎に散々弄ばれた結果、慌てて立ち食い蕎麦を啜るくらいの時間しか残らなかった。別にゆっくり優雅な飯の時間を求めているわけではないものの、それでもや […]

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零度の情熱 1

 秋野の前にあるのは、指輪だった。 「何だ、それ」  哲は秋野に軽く手を上げて去って行く男から目を逸らし、秋野の手元に視線を向けた。 「指輪」 「見りゃ分かる。そういう意味じゃねえ」  銀色の台に嵌まっているのは緑色 […]

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ドラゴンロード

 よく晴れた空の下、冬の分厚い服を脱いで薄着になった人々はどこか浮き立って見える。街路樹には新緑が芽吹き、軽やかに春風に揺れていた。  今日は平年よりだいぶ気温が高く、春というより初夏の陽気だ。雲一つない快晴。日差し […]

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27 満員電車

 満員電車で通勤したことなどない人生だったし、これからも絶対にないだろう。  絶対、なんていう言葉を軽々しく使うことはないが、こればかりは断言できる。日本国籍どころかどこの国籍もない、そもそも存在しない人間なのだから […]