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2020 お盆仕入屋錠前屋

「なあ、海に行きたいか?」 「てめえに海とか言われると何でこんな妙な気分になんだろうな、おい」  哲は銜えたままの煙草の穂先を揺らしながら、眉間に深い皺を刻んだ。  玄関先に立っている秋野の格好は、濃紺のスーツに淡い […]

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29 死神

 哲がシャワーを浴びて脱衣所から出てきたら、ちょうど中二階のドアが音もなく開いたところだった。  哲がいないと思っているとき、秋野はほとんど音を立てない。音楽をかけないとかそういう意味ではなくて、ドアを開閉するような […]

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knowing 3

 ああ、なんてことだ。原田は心底そう思った。  今までの人生、逆境を乗り越えてこそ成長があると思ってきた。勿論自ら喜んで飛び込みはしないが、そういう状況に置かれることがあれば文句は言わず、ひたすら立ち向かってきた。 […]

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仕入屋錠前屋とショートケーキ

「……」  哲は目の前の物体に再度目をやり、それが勝手に消えてなくなってはくれないことを改めて確認した。  外は既に薄暗いが、晩飯を食うにはまだ早い。時間帯のせいか、ファミレスは空いていて客はまばらにしかいなかった。 […]

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理由は無い、其れ以外

 その日哲は高校時代の友人と、そのまた友人と四人で飲んでいた。  隣のテーブルに座っていた同年代の女ばかりの客──こちらも偶然四人──がちらちらと視線を送って寄越したのは、その日はたまたまそれなりの見てくれのやつらが […]

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その笑顔は神か悪魔か幻か 20

「一週間の在宅勤務?」  鸚鵡返しした俺に、嘉瀬さんは頷いた。 「そうだ。つーか佐宗お前、声がひっくり返ってるぞ」 「いや、だって──」 「だっても何もねえ」 「どうやって営業すんです!」  思わず言うと、嘉瀬さんは […]

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零度の情熱 11

 哲が床の掃除を終えた頃、フロア係が恐る恐る戻ってきた。洗って放置していた傷からまた血が出てきて舌打ちしていたところだったので、掃除を任せ、救急箱の場所を聞いて事務所に向かった。  絆創膏は普通サイズのものしかなく傷 […]

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零度の情熱 10

「呼んでねえぞ」 「呼ばれた記憶もないな」  一瞬前まで剥き出しにしていた獰猛な顔を引っ込めた秋野は、平素と変わらない悠然とした態度でナカジマの脇を通りすぎ、哲の前に立った。 「今日が最後だって言ってただろう。ちゃん […]

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零度の情熱 9

 店のドアが些かわざとらしく乱暴に開き、男が二人入ってきた。哲は二人の顔を見た途端「ああ……」と面倒くさそうな声を出してしまったが、幸い借金取りは、哲のうんざり顔には気づかなかった。 「お疲れ様っす!」  いまだ床に […]

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零度の情熱 8

「佐崎……うわ、血出てる!」  立ち上がった越智は哲が上に向けた掌と血がべったりついた床を見て声を上げた。  哲の掌には割れたグラスのかけらがいくつも食い込んでいた。下手に払うと埋まりそうだったから振ってみたらそこら […]