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仕入屋錠前屋26 彼の世界を変えるひと

 ホテルの濃いベージュの絨毯にしゃがみこんだ遠山は、まるで電池が切れたように動かなかった。  秋野が夏実を抱えて姿を消して、狭い客室の緊張感は一気に緩んだ。その代わり、垂れ込める空気はなぜか重苦しい。秋野は部屋を出が […]

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仕入屋錠前屋26 両手いっぱいの 5

床の一点を見つめていた遠山は、哲の二度目の呼びかけにやっと顔を上げた。自分がどこにいるか分からないような表情で瞬きし、こちらに顔を向ける。哲の後ろの、秋野に連れられた夏実を見て、表情が強張った。 「夏実、お前」  夏 […]

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仕入屋錠前屋26 両手いっぱいの 4

川端の知り合いの探偵——名前は聞かなかった——は、遠山の愛人だと言う女の家族構成を調べて来た。  遠山が取り戻したいのは女が遠山から盗んだ物。それを返してもらうために女に会いたいというのが遠山の話だった。  遠山が女 […]

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仕入屋錠前屋26 両手いっぱいの 3

玉井さんは、せっせと机を拭いていた。雑然としたこの界隈の中で、特に混沌としている川端の事務所を救おうと、彼女はいつも奮闘している。 「どうも」  もっとも、愛想はまるでない。哲の気のない挨拶により一層気のない視線を寄 […]

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仕入屋錠前屋26 両手いっぱいの 2

「あたし、チョコレートソースは嫌いなの。キャラメルソースがすき。だってそうじゃない? どろどろのチョコレートなんて。チョコレートは冷蔵庫でぱりぱりに冷やした方が美味しいに決まってる」  彼女は目の前に置いたチョコレー […]

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仕入屋錠前屋26 両手いっぱいの 1

 彼女は、椅子の背に掛けられた上着からそれを見つけるとバッグの中に落とし込み、そっと部屋を抜け出した。男はシャワーを浴びている。多分暫く出てこないだろう。  エレベーターの「閉」のボタンを押しながら、ほんの少し涙が出 […]

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仕入屋錠前屋25 道端を飾る花 2

 背後に秋野の気配を感じた。  気配が哲に近寄り、後ろから伸ばされた手が髪に差し込まれる。耳の裏からうなじにかけて、長い指が掻き分けるようにして頭髪をよける。丁度耳の後ろの出っ張った骨に唇を押し当てて、秋野は呟いた。 […]

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仕入屋錠前屋25 道端を飾る花 1

「——今度は本当だろうな、先生」  哲の疑わしげな眼差しに、手塚はのほほん、と笑った。 「嫌だなあ、騙したりしないよ」  穏やかな面長の顔——馬と言うよりロバ、と失礼極まりないことを哲は思った——を楽しそうに崩して、 […]

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仕入屋錠前屋23 どうにかこうにか

 誰だって髪を洗い流す時は多かれ少なかれ目をつぶるに違いない。  だから、背後に立つ人間が誰かなんて見てはいないし、まさかその人間に蹴られるとは思いもしないだろう。  秋野は裸の背中を蹴飛ばされて、泡だらけの水を顔に […]