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27 満員電車

 満員電車で通勤したことなどない人生だったし、これからも絶対にないだろう。  絶対、なんていう言葉を軽々しく使うことはないが、こればかりは断言できる。日本国籍どころかどこの国籍もない、そもそも存在しない人間なのだから […]

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26 幸せ

「何でって──アパートが取り壊しになっちまったから」  哲がそう言うと、エリは「えーっ!」と声を上げた。 「そんな理由!?」 「そんな理由ってお前な」 「だって!」  エリは手酌で冷酒を注ぎ足し、ガラスの猪口を摘み上 […]

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25 不眠

 秋野が数日ぶりに部屋に戻ったら、哲は風呂から出てきたところだった。 「ただいま」 「ああ──戻ったのか」  ソファに座って煙草を銜えた秋野の前を哲が歩いて通り過ぎる。バスタオルで頭を拭きながらだったので、秋野から顔 […]

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24 コインランドリー、幕切れ

 雑踏の中で誰かと目が合うことは意外によくある。その人物を見ていたわけではなくても、たまたま同時に顔を上げたとか、同じ音に反応して同じ方を向いたとか。  そのとき哲がそちらに目をやったのも、やたらでかい声で叫んだ奴が […]

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23 洗濯機、コインランドリー、その後

 神輿を担ぐ祭のようだ。  でかい洗濯機を運ぶ男たちを見て、秋野はそんなことを考えていた。  思い立って電話をかけてから三十分しか経っていない。こんなときに今の仕事をしていてよかったと思うし、同時に馬鹿みたいな気分に […]

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22 音楽

 ドアを開けたら爆音のクラシック音楽が突撃してきて、思わず仰け反った哲の口から変な声が漏れた。  その瞬間音が止み「おかえり」と声が聞こえてきたので、二重に驚く。危うく閉めかけたドアを開け直し、哲は静かになった部屋に […]

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21 通り魔事件

 その日、街頭のスクリーンやラーメン屋のテレビに映ったニュース、それからネットニュースが盛んに報じていたのは通り魔事件だった。  帰宅する会社員や学生で混雑する夕方の駅ビル前で大型カッターナイフと金属バットを手に暴れ […]

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20 海外出張

「何遍も言うけどガキじゃねえんだぞ」 「そんなことは分かってる」  本気で不機嫌な秋野と向かい合う場合、気を引き締めていないと膝が笑う。  格好をつけているわけではないが、心理的には決してびびっているわけではない。た […]

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19 コインランドリー

「お兄さん」  コインランドリーの椅子に腰かけてスマホでニュースサイトを見ていたら声がした。  目を上げると、出来上がった洗濯物を畳みながらこちらを見ている男と目が合った。  数分前に自動ドアが開いて、哲が座っている […]