08

剥き出しの情緒

「……そこで寝たのか?」  目を開けたら、真上に秋野の顔があった。  しかし、向きは逆さまだ。 「うぐぁ」 「なんて声だ」  呆れたような声と顔が上の方に遠ざかって行ったので、哲は無理矢理身体を起こした。起き上がるの […]

24

拍手お礼 Ver.25

「暇か?」  この男が開口一番そう訊ねるのは、大抵ろくでもない用事があるときだ。だから、哲は「か」の半分あたりで躊躇うことなく電話を切った。すぐにまた鳴動し始めたから無視して歩く。数歩進む間に止まったが、今度は短い振 […]

02

拍手お礼 Ver.24

 頬も顎も鼻の下も髭に覆われていて、猟銃とイノシシでも抱えているのではないかという哲の予想は裏切られた。  確かに三週間分の髭は普段は何もない顔の下半分を覆ってはいたが、不精髭よりは濃いとはいえ、びっしり生えている、 […]

13

月下のひまわり

 哲にしてみたら目玉が飛び出るような値段のスーツを着ているくせに——商談があったらしい——煙草の煙と油の匂いが充満する店で、秋野は当たり前のように麻婆豆腐を食っていた。  おかしな奴だ、と改めて思う。会社員にはどうや […]

04

紙一重の熱情

 その日の哲は運がなかった。  まず、ちょうど昼頃、バイト先が店主の都合で臨時休業すると連絡が入った。これはまあ別に構わない。ああ、そうか、と思っただけで何の感慨もなかった。  ちょうど時間が空いたと思って、髪でも切 […]

06

2017-2018 年末年始仕入屋錠前屋

 正月はゆっくり温泉にでも浸かりてえよなあ。  と。  確かに言った。  年末の忘年会時期はいつも目が回る忙しさだというのに、今年は輪をかけて酷かった。だからつい口にしただけで——別に温泉は嫌いじゃないが——本当に行 […]

09

拍手お礼 Ver.21

「あのね、どうしても聞きたいことがあるの、てっちゃん!」 「は? 何だよ、んなことどうでもいいから注文しろよ」 「あのね、あのね」 「とりあえず生二つ」 「何よー、勝手に決めないでよ、秋野!」 「じゃあ何がいいんだ」 […]

09

拍手お礼 Ver.20

 床に頬をつけていると、普段は見えないものが見える。  小さなごみとか、床の傷とか。 「あー、ライター発見」 「ん?」  秋野が煙草を銜えたまま、少し籠った声で返す。 「ライター落ちてる」 「どこ」 「そこの——そこ […]

09

拍手お礼 Ver.19

 随分間の抜けた声だ、と思って振り返ったら、哲は鼻を押さえて呻いていた。 「何だ」 「鼻血」  脳内で漢字に変換したが、実際に耳に届いた音は「はだじ」に近い。 「逆流する」  低い声で文句を言いながら起き上がり、鼻に […]

27

欲望よりは心地よく、沈黙よりはむず痒い

 肩甲骨が痛い。  壁に押し付けられているからだ。  後頭部の一部が壁紙に擦れ、髪がざりざりと砂を噛むような音を立てる。そこだけ禿げたら一体どうしてくれんだこの野郎、と思ったが、口に出すには肺に残る空気が足りない。 […]