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その笑顔は神か悪魔か幻か 8-2

  怪我はなかったし、幸い鞭打ちになるような揺れ方はしなかったから、肉体的にはまったく無傷だ。病院に行ったのだって、事故後のマニュアルというものに従っただけでしかない。  機械的に病院に行き、会社に電話を入れ、診察を […]

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その笑顔は神か悪魔か幻か 8-1

 何か言うべきだったのかも知れない。  そうは思うが、では何をと考えたら思いつくことなんか何もなかった。頭の中はどちらかというと空白で、嘉瀬さんの言葉をどっと思い返したのは部屋に入って少ししてからだ。  車の中では、 […]

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その笑顔は神か悪魔か幻か 7

 正直、腹が立つ。  粘っこく糸を引く感情をもてあまし、俺は鳴らない携帯を仕舞うとグラスをカウンターに叩きつけた。 「やだぁ、嘉瀬さん。割らないでよぉ」  店のお姉ちゃんの甲高い声に肩を竦め、俺は溜息を吐き出した。 […]

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その笑顔は神か悪魔か幻か 6

 何だか妙な気分だった。  照明をすべて落とした部屋の中に、光源はない。薄いカーテンを透かして射しこむ月光が微かに照らす嘉瀬さんの肩の線、髪の毛の細い筋。  考えてみれば、今まで何度か嘉瀬さんと寝たけれど、いつも明か […]

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その笑顔は神か悪魔か幻か 5

「お前、帰れ」  きっぱりと宣告すると、佐宗はこれ以上ないくらい不満げに眉を寄せた。 「大丈夫です」 「勘違いすんな、業務命令だ。帰れ」  目の前に立った佐宗を下から睨みながら、ボールペンでスチールデスクの天板を叩く […]

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その笑顔は神か悪魔か幻か 4

 一体、どんな男と寝たんだろうか。  嘉瀬さんの顔を見て、俺は何となくそう思った。  嘉瀬さんの付き合っていた女性なら何人か知っている。どれもこれも見た目は上等、はっきり言って男なら誰でも押し倒したいと思うような女性 […]

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その笑顔は神か悪魔か幻か 3

「高橋……佐宗? 変わった名前だな、寺の息子か?」 「いいえ、寺の孫です。残念ながら」  初めての会話は、確かそんなようなものだった。椅子にふんぞり返って問う嘉瀬さんと、口調だけは丁寧に、顎を上げて仏頂面で答える俺。 […]

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その笑顔は神か悪魔か幻か 2

 嘉瀬さんは、いつもと変わらない笑みを浮かべて俺を見下ろす。  遥か高みから、俺にない何かを持った傲慢な君主は御旗の下に号令を下す。  俺を見ろ、手を差し伸べて求めろと。  思うとおりになると思うな。  上半身剥き出 […]

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その笑顔は神か悪魔か幻か 1

「なんだこの最低な報告書は!? 再提出、出来るまで帰んな! デートだろうが何だろうが済ませてから帰れ!」  鬼のような台詞とともに、営業三年目の保奈美ちゃんに、書類の束が突っ返された。保奈美ちゃんはちょっと泣きそうな […]