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仕入屋錠前屋9 二人が生み出す相乗効果

 猪田は目の前に立つ同級生をまじまじと眺めた。同級生といっても年齢はひとつ上だ。今日から猪田のクラスに編入した先輩。本来なら今年の三月に卒業しているはずが、出席日数不足で留年したらしい。  例えば病気で入院でもしてい […]

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仕入屋錠前屋8 まほうつかいの杖

 耀司からの電話は、それはもう楽しそうだった。 「哲? いやあ、これは哲に絶対教えないと、と思って。ええ? 違うって、聞けって。秋野が風邪ひいたんだよー。え? だってあの秋野がさ、熱で唸って……そうそう、マジで! 頼 […]

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仕入屋錠前屋7 雨上がれば虹

 訪れてみると、哲の部屋のドアには珍しく鍵がかかっていた。哲のアパートはボロアパートという呼称がぴったりな建物で、ドアホンなんて立派なものはついていない。昔懐かしいチャイム──ご丁寧に音符のマークがついたボタン──を […]

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仕入屋錠前屋7 捧ぐ歌

 哲がその道を通ったのは偶然だった。  もしも煙草がなくならなかったら。そのまま真っ直ぐ帰っていたら。後にそう思うこともあったが、そのときの哲はただ漫然と煙草の自販機を探して脇道に入った。  何の変哲もないその通りは […]

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仕入屋錠前屋7 うつくしく、しなやかに

「ノートパソコン、スマホ三台、目立たないライトバン二台、色はシルバーか白、却って目立つからガラスのスモークはなし。それからナンバープレート二枚。管轄の運輸局は後で指定する。制服四着、種類は──」  どうせプリントアウ […]

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仕入屋錠前屋6 これ以上触れない

「これ以上触れないで」  夢の中で女が囁く。 「これ以上触れないよ。お前がそう望むなら」  女は悲しそうな顔をした。ひどく辛そうに眉を寄せ、じっと見つめ返してくる。  だが、その瞳はどこか遠くを見ているようにも感じら […]

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仕入屋錠前屋5 あまやどり 30分

 土砂降りの雨がアスファルトを激しく叩く。つい先程まで乾いていた路面は今や黒光りする帯となり、まるで川のようにうねり、流れ始めた。誰も傘を差していないところを見ると、天気予報は外れだったらしい。  ビジネスバッグを頭 […]

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仕入屋錠前屋4.5 その不器用さが愛しい

 開けた窓から金網に何かが激しくぶつかる音が聞こえ、真菜は咄嗟に立ち上がった。 「ねえ、耀司」  耀司は仕事着を脱ぎ捨てジーンズに片足を突っ込んでいるところだったが、天井を見上げた後首を振った。 「大丈夫だよ」 「で […]

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仕入屋錠前屋4 間違いだとしても

 着替えた耀司が屋上の扉を開けたときには、秋野の足元には五本の吸い殻が散乱していた。そして、耀司が見ている前でそこに新しい一本が追加された。  わざと音を立てて扉を閉めると、秋野がゆっくり振り返った。薄暗い屋上で長身 […]

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仕入屋錠前屋4 屋上の手すり、錆の匂い 2

 耀司が言うには、秋野はヤクザからの依頼を引き受けることは基本的にないらしい。しかし、よく考えてみればそもそもヤクザが彼らに何かを頼んでくること自体ないだろう。脇田もその次の依頼人も、断るために会いに行っただけだった […]