untitled – TBD 8

「あ、そういやさあ、変な夢見たんだぜ!」
 土屋の部屋で我が物顔に寛ぎながら、桜澤は突然言った。
「あ?」
 洗濯物を畳み終えた土屋は桜澤のほうを向いた。桜澤は泊まった時用にと人の家に勝手に常備しているスウェットパンツとTシャツを着こみ、人の家のソファを占領して、人の家のテレビのチャンネルを勝手に変えつつ、部屋の主のほうを呑気な顔で振り返った。
「お前とキスしてんの! 面白くねえ?」
「……」
 何と答えたものか、と思いながら、土屋は畳んだ洗濯物を持って立ち上がった。
「あれ? 面白くねえ? 笑うとこじゃねえ?」
 金曜の昨日、桜澤と相原、それからこちらも同期の久保と四人で飲んだ。久保に散々飲まされた桜澤はまたしても酔っ払ってぐだぐだになり、連れて帰ってやったらやっぱりあちこち噛みついた後にキスしてくれと言うからしてやった。
 桜澤がソファの背に腕をかけて肩越しに土屋を見たから、土屋も立ち止まって桜澤を見た。
「サクラ」
「あ?」
 まじまじと眺めてみたが、こちらを向いた顔には「変な夢を見たんだぜ」と書いてあるだけで、言外の意味は、まったくもって見出せなかった。
 黙って洗濯物を片付け、シンクの前に立ったまま煙草を銜えて一本吸い、桜澤の隣に無理矢理尻を押し込んだ。
「狭いな!」
「俺んちなんだけどな」
 そうでした、と尻をずらす桜澤の肩を掴み、こちらを向かせる。気の抜けた顔の顎を掴んで軽く唇を重ねたら、桜澤は相変わらず気の抜けた顔で土屋を見上げた。
「何してんだお前」
「面白え、っつったから、お前が」
「はは、馬ぁ鹿」
 桜澤は能天気に笑った。
 肩を押し、ソファの上に押し倒す。笑ったまま後ろに倒れた桜澤に覆いかぶさって今度は最初から舌を突っ込んだ。
「な——」
 何か言おうとする唇を塞ぎ、顎を掴んで角度を変える。どこをどうやって吸ってやったら喜ぶかは知っている。どのくらいの強さで唇を甘噛みしてやったら身体を震わせ、どうやって舌を絡めてやったら、今みたいに首筋に縋りついてくるのかも。
「……っ、土屋ぁっ!?」
 桜澤が酸欠のせいか涙目で喚きながら両腕を突っ張って土屋を押し戻したので、素直に退いた。
「な、おま、お前なあっ、何なんだよ、しかもなんか手慣れた感じで経験豊富さをアピールしてる感がむかつくし!」
「気になんのはそこか」
 呆れて目を向けると、混乱しているらしく桜澤は暫し放心していたが、髪を掻き毟って跳ね起きた。しかし、ソファから立って逃げ出すほどではないらしい。
「あれって夢じゃなかったのかよ!?」
「お前の夢まで俺が知るか」
「……昨日、何があったんだ」
 恐々、という感じでこちらを窺う桜澤を一瞥し、土屋はテレビのリモコンを取ってチャンネルを変えた。バラエティ番組の再放送がやかましくて癇に障る。
「何もねえよ。お前がいつも通り酔っ払って、いつも通り俺が持ち帰って、いつも通りお前がキスしてえって言ったからした」
「……いつも通り」
「そう」
「……いつも通りって、いつからいつもだ」
「さあ。半年かそのくらいじゃねえの」
 頭の中で計算しているのが目に見えるようだ。土屋に連れて帰られる月の平均回数掛ける六ヶ月イコール今まで土屋とキスした回数、但し概算。
「……」
 ぽかんと口を開けたまま宙を見ていた桜澤は、まず赤くなり、その後白くなってまた赤くなり、変な音と溜息を吐いた。
「……俺がしてえって——?」
「そう」
 土屋は海外ドラマの再放送にチャンネルを合わせてソファに凭れ、ローテーブルに足を載せた。
「……最初から?」
「そう」
「何て?」
「忘れた」
 本当は覚えていたが、大した話ではないし、説明するのが面倒くさかったのでそう言った。
「面白えな」
 ものすごく力ない声で、桜澤は呟いた。