untitled – TBD 6

「いって……! 痛え! サクラっ」
 桜澤に齧られる江田を眺めながら、土屋は豚串を口に運んだ。今日はなんとか江田に押し付けることに成功した酔っ払いは、ご機嫌でがりがりやっている。
 今日はそのまま江田が連れて帰ればいい、と思ったが、ここ最近の桜澤の行状を思い出して少し考え、真剣な顔で誰かとメッセージをやり取りしている相原に目を向けた。
「なあ」
「ちょっと待って……ん、ごめん、何?」
 スマホを置いた相原がジョッキに手を伸ばし、桜澤と江田に目をやってからこちらを見る。
「お前最近サクラ連れて帰ったことあったっけ?」
「いや、暫くねえかな。大体お前じゃねえ?」
「そうだけど」
「何で?」
「なんか最近、変なことしてないかと思って」
「変なこと? サクラが? 何かあったのか」
 相原は本気で心配そうな顔をして、土屋の方に身体を向けた。相原は同期で一、二を争ういい奴で、何でこいつが皮肉屋の江田と気が合うのか、土屋はいつも不思議に思う。
「いや……寝るまでの間もがりがりやられんだろ?」
「ああ、酔ったらほんと犬みたいだよな、サクラ」
 相原は目尻に笑い皺を寄せて煙を吐く。
「他にもなんか色々やらかしてんじゃねえかとか、ちょっと思っただけだ」
 自分でも何を言っているかよく分からないと思ったが、相原は特に疑問を持たなかったらしい。真面目な顔で考え込み、はっと目を瞠って、宙を睨む。
「ああ……そういや一遍だけ……」
 遠い目をして黙り込んだ相原を見てなんとなく構えたが、口を開いた相原は、想像していた内容とはまるで違うことを言った。
「ミヤコ、とかミナコ、とか言って泣いたことあったなあ。あ、違うな、ミツコだ、ミツコ」
「ミツコ?」
「うん。ミツコ」
「ミツコ?」
「半年くらい前? なんかちょうどサクラが彼女、由希つったっけ? あの子と別れた後くらいだったんだよ、確か。だからな、なんかそのミツコのせいで別れたのかなとか思って。次の日知らん顔して聞いてみたけど、泣いたの全然覚えてなかったからそれ以上は聞いてねえよ。そのくらいかなあ」
 土屋も煙を吐いて、犬と言うより毛玉にじゃれつく猫みたいになって江田に絡んでいる桜澤に目をやった。
「ふうん」
「土屋も知らねえの? ミツコ」
「知らねえよ。大体そんな色々話さねえし」
「いや、それはお前だろ。サクラは話すだろ?」
「そうか?」
「え? そうだろ?」
「……」
「痛えってマジで! サクラ!」
 江田が桜澤から逃れようともがいている。土屋は煙草を吸いつけ、短くなったそれを灰皿で押し潰しながら肺に残った煙を吐いた。
「江田」
「こら、まったく……ああ!?」
「俺持って帰る、それ」
「それ」は指を指されても気づかず江田の手で遊んでいる。
「マジで! 助かった!」
 江田は指先を齧られていることも忘れたのか、喜色満面のお手本みたいに顔を輝かせた。
「よかったな、江田」
 相原が江田に言い、半分齧ったつくねの串をぶらぶらさせた。
「サクラは……あー、でも、粗雑に扱われるからなあ、よくはねえのか」
「あぁ? 俺がなんだって?」
 半眼の桜澤が相原の方を向く。
「俺の、お前の扱い方が雑だってよ」
 土屋が横から言うと、桜澤は土屋から相原に目を移し、江田を見て、また相原に視線を戻して首を傾げた。
「——そんなことねえよ?」
 桜澤は、土屋に目を向け能天気にへらっと笑った。
「麻痺してんだな」
 頷きながら江田が言う。
「慣れだろ」
 つくねにかぶりつきながら相原がちょっと笑う。
 土屋は黙って新しい煙草を銜え、火を点けゆっくり煙を吐き出した。