untitled – TBD 5

「どうしても知りたいの!」
 鬼気迫る顔をした美女というのは結構怖い。
 中途半端な時間のせいか閑散としたコーヒーショップの片隅の小さい丸テーブルを挟み、圧し掛からんばかりに迫られれば尚更だ。
「ほ、本人に聞けば?」
「聞いたわよ!」
「諦めないで何回か——」
「何回も、電話でもそれ以外でも!」
 そういえば、そのうち二回は実際に目にしていたが、敢えて触れずにおく。
 土屋の社会人生活を彩った——かどうかは知らないが——女性たちの中で、ただひとり土屋から別れを告げたそのひとは、桜澤の眼前で頭から湯気を立てていた。
「気持ちが離れちゃって別れるのは仕方ないって思ってるよ、私だって。だけど、理由が全然はっきりしないし、納得させようって努力すら放棄してるのよ! あいつは!」
 土屋はあんな物言いだから、おとなしくてふわふわした女子には怖がられる。だから、付き合う相手は大体こんな感じの、はっきり物を言う、確固とした自分がある子ばかりだ。
「だから、桜澤くんからも言ってほしいの、お願い」
「えっと……俺に別れた理由を聞いてきてほしいってことかな」
「違う!」
 くわっ、という感じで長い睫毛に縁取られた目を見開き、奈緒美は桜澤に掴みかからんばかりに身を乗り出した。
「避けてないで男らしく話し合いの場に出て来いって言って!!」
「あ、は、はい」
「よろしくっ」
 体育会系の男子みたいなドスの利いた声で言って、奈緒美は素早く立ち上がって去っていた。

 

「というわけで、伝えたぜ」
「……」
 エレベーターホールで話しかけたら土屋はものすごくだるそうな顔で桜澤を見下ろしたが、それ自体はいつものことなので、どういう気持ちを表したものやら桜澤にもよく分からなかった。
「連絡しろよ、ちゃんと。また俺が呼び出されんだからな」
 奈緒美は元々桜澤の知り合いだ。客先の企画部の子で、ちょうど前の彼女と終わったばかりの土屋に紹介したのも桜澤だった。多分土屋のタイプだと思ったから。そんなわけで少しだけ責任を感じているから、面倒なだけだというのに、お節介な親戚のおばさんみたいなこともしてやっている。
「なあ、土屋」
「何だよ」
「奈緒美ちゃんに連絡しろよ、絶対」
「うるせえなあ……」
「分かったか?」
「なんでお前に女の事で指図されなきゃなんねえんだよ」
 険しい表情を浮かべた土屋はそれだけ言って黙り込んだ。不機嫌そうな物言いはいつものことだ。だが、今は不機嫌そう、ではなくて、はっきりと不機嫌になっていた。
 帰りが一緒になったのは偶然で、これから二人でどこかに行くわけでもない。だから別に気まずくなったって関係ないし、迷惑しているのは自分のほうだ。不機嫌面で舌打ちされて、腹を立てたっていいのはこっちのはずだ。
「——なあ」
「……」
「怒ったのかよ」
「……」
「首突っ込む気なんかねえよ、俺。ただ」
 陽気でどこか間の抜けた音がエレベーターの到着を告げる。上の階から降りてきた箱には数名が乗っていた。無言で乗り込み、左右に別れる。一階に着いてドアが開く。土屋は桜澤を振り返りもせずさっさと出て行き、ビルの外に見えなくなった。
 のろのろと歩き、ビルを出かけて戻り、スマホを取り出しメッセージを打ち、送信しかけて止め、書き直してもう一度送りかけ、やっぱり止めて全文削除しスマホをポケットに捻じ込んだ。
 だらだら歩いてビルを出て、何となく横を見たら土屋が壁に凭れていた。
「遅え」
「……だってよ」
 何を言いたかったのかよくわからない。そのまま黙って突っ立っていたら、土屋は壁から身体を起こした。
 桜澤の前に立ち、大きな身体を屈めて桜澤の肩口に頭を預ける。具合でも悪いのだろうか、と慌てて両手を突っ張り顔を上げさせた。土屋は聞き取れないほど低い声で、八つ当たりして悪かった、と呟いた。