untitled – TBD 4

 出先で遅い昼飯を食い、喫煙所で他所の会社の知らないおっさんと二人無言で煙草を吸っていたら、江田が背を丸め、足を引きずるように入ってきた。
「よう、サクラ」
「ゾンビみてえだぞ、江田」
「顔が?」
「顔も」
 江田はいつもしゃれたスーツで決めていて、パーマのかかった長めの髪といい、甘めの顔立ちといい、アパレルの店員のようにも見える。しかし、今は目の下に隈を作り、桜澤より少し高い背も、猫背になっているせいで縮んで見えた。
 鼻歌を歌いながら喫煙室を出て行くおっさんを恨めし気に見送り、江田は煙草を銜えて火を点けた。
「ちょっとでも楽しそうなヤツがみんな憎い」
「なんだよ、江田らしくねえなあ。疲れ果ててるぞ」
「泊まったんだよ」
「会社に?」
「そう」
 仕事で何かあったのだろうが、江田が何も言わないから桜澤も黙って煙草を吸った。吸殻を灰皿に捨て、スマホを取り出しニュースサイトをぼんやり眺める。江田は相変わらず宙を見つめたまま鼻から煙を吐いている。話したければ話すだろうし、話さないなら、もう説明もうんざりだということだ。
 江田が溜息を吐きながら吸殻を投げ捨てたところで今度は土屋がやってきた。まず桜澤を見た後江田に目をやって、土屋は片眉を引き上げた。
「すげえ顔だな、おい」
「うるせえ」
 江田は覇気のない声で言って、もう一本煙草を出した。
「昨日のあれか。お前んとこの菊川が騒いでた」
「そう、それ」
 げっそりした顔で再度煙を吐く江田を見やり、自分も一本銜えた土屋は、火を点けないまま首を傾げた。
「話してえか?」
「いや」
 江田はたった今火を点けたばかりの煙草を揉み消し灰皿に放り込んだ。土屋は江田のげっそりした顔を眺め、手を伸ばして江田の頭を抱えて引き寄せ自分の肩に押し付けて、お前はよくやってるよ、と言って手を離した。江田は相変わらずのゾンビ面で、ガキ扱いすんじゃねえよと文句を垂れた。
 何となく出て行くタイミングを逃し、煙を吐くのが土屋だけの喫煙所で三人揃って暫くぼんやり突っ立っていた。
 江田が何も言わずにふいと出て行く。江田と土屋は大学時代からの友人同士だ。弱っているところを見せたのも気まずいのかもしれない。
「仲良いよな」
「ああ?」
 桜澤が言うと、土屋は煙を吐きながら横目をくれた。
「誰が」
「お前と江田」
「全然仲良くないけど、大学からだから他の同期より付き合いは長えな。それが何だよ」
「別に」
 プライドの高い江田は滅多に弱ったところを見せないから、珍しかった。
 説明しようと思ったら土屋の手が伸びてきて、さっき江田にしたように頭を抱かれ、肩のあたりに押し付けられた。江田にそうしていたよりずっと近くまで引き寄せられてほとんど密着し、シャツ越しに土屋の身体の形や温度を感じる。やけに生々しい感触に狼狽えて、桜澤は息を飲んだ。
「おい……」
 頭のてっぺんに鼻先が押し付けられ、煙草の匂いがする吐息が頭皮に触れる。後頭部に添えられた掌の大きさと指の長さに何をどうすればいいのか咄嗟に分からなくなった。
「ちょ、土屋っ」
「何だよ」
 押し返すとそれは呆気なく遠ざかり、いつも通りだるそうな土屋の顔が見下ろしていた。
「俺は弱ってねえから全然!」
「そんなの見りゃ分かる。何の悩みもなさそうなツラしてるよ、お前は」
「じゃあ何だよ今の」
 やっぱりもう一本煙草を取り出し銜えて睨む。土屋はつまらなさそうな顔で天井に向けて煙を吐いた。
「羨ましそうなツラはしてたぜ」
「してねえっつの」
 土屋は桜澤を一瞥してちょっと笑い、吸殻を捨てて喫煙所を出て行った。