untitled – TBD 29

 真新しいオフィスビルの地階にある居酒屋の四人席。店側の設定どおり四人でテーブルを囲んで二時間ほど経った頃だろうか。
「なあ、お前ら最近やってんの?」
 江田が向かい側の二人──土屋と桜澤──を交互に見て訊ねた途端桜澤が盛大にビールを吹き出し、桜澤の向かいに座る相原が「あー」と言っておしぼりを差し出した。
「ほらサクラ、拭けよ」
「な、江田、おま、はあ!?」
「そんな思いっきりビール吹き出すような話じゃねえだろ。中学生かお前は」
 突っ込む江田と騒ぐ桜澤を横目で見つつ、土屋が普段どおりの顔で煙を吐き出し、無言で呼び出しボタンを押した。
「二人とも新しい彼女できたって聞いてねえから、女とやってんのかなと思って」
 江田は言いながら自分も煙草を銜えた。三十路にもなって今更照れる話題でもないだろう、と思いつつ、赤くなって噎せている桜澤を眺めた。思ったことを口にしかけたら店員のお兄ちゃんが現れたので、一旦黙る。桜澤はまだゲホゲホやっている。
「生とハイボールひとつずつ、あと、新しいおしぼりお願いします」
 土屋が冷静に自分と江田のお代わりを頼み、店員の背中を見送ってからこちらを見た。
「で、何だって?」
「いや、相原に聞いたんだけど、久保がさ」
 相原を顎で指し、江田は言った。
「風俗に行きたいけど一人じゃ寂しいから誰か付き合えってよ」
「俺は面倒くせえからパス。お前が行けよ」
「俺は優香と付き合ってる」
 この間土屋と二人で飲んだ時に結婚云々について話したはずだが、まあ土屋にとっては所詮他人事だ。土屋は暫く宙を見つめてようやく諸々思い出したらしく、ああそうか、と頷いた。
「相原は」
 そう言った土屋に相原がぱっと顔を向けた。
「いや……俺もちょっと」
 相原が歯切れ悪く言ったのにはわけがある。相原がここ一年ほどくっついたり離れたりしている相手は二つ年上の女で、バツイチの彼女には四つになる子供がいるのだが、土屋は珍しくその女を嫌っていて、相原が彼女と会ったと知ると嫌な顔をする。
 江田も一度会ったことがある。美人で愛想はいいが──いや、だからこそか──相原はそうは言わないけれど、我儘で、相原が振り回されているように思えたのも事実だった。
 だが、相原だっていい大人だ。自分の意に反してまで付き合っているわけではないだろう。それなら、江田としては言うことは何もないと思っていた。
「──まだ切れてねえのか」
 案の定土屋は眉間に皺を寄せ、相原は困ったように眉を下げて取り皿の上のマグロの竜田揚げを突っついた。無言でマグロを攻撃する相原を見かねたのか、ようやく平常心を取り戻したらしき桜澤が煙草を銜えながら「でも」と割って入った。
「お前がいくら気に入らなくたって、付き合ってんのは相原だろ? お前には分かんない彼女のいいとこだってあるんだろうし、バツイチ子持ちだからって別にさ」
「あのなあ」
 土屋はおっかない顔をして桜澤を一瞥し、灰皿に灰を落としながら言った。
「俺が気に入らねえのはバツイチ子持ちってカテゴリーじゃねえ。そのカテゴリーを振りかざしてこいつを自分の都合で好きにできると思ってるあの女だ」
 土屋はいつも面倒臭そうで他人にもあまり構わない。それを隠そうともしないから、一緒にいると苛々する。それなのに何で俺はこんな奴と長年友達やってんだろうなと思うこともあるけれど、多分、こういうところが友人でい続ける理由のひとつなのだろう。
 桜澤は相原と土屋を交互に眺め、不承不承頷き、ちょうどやって来た新しいおしぼりを受け取った。
「サクラ、お前、相原がそれでいいならいいじゃねえかって言いたいんだろうけど」
 目を眇め、土屋はきつい目つきで桜澤をじっと見た。桜澤は土屋の顔を見返し、何故か怯んだ様子を見せて目を逸らした。まるで土屋を怖がらない桜澤にしては珍しいが、桜澤以外の奴なら当たり前の反応ではある。
「そんなことは俺も分かってるし、相原も分かってる」
 暫し黙り込んだ桜澤は、今度は力強く頷いた。
「よっしゃ、じゃあ俺が久保に付き合うわ!」
 隣の卓がやたら元気にカンパーイと唱和して、土屋がおっかない顔をますます険しくし、大量の煙を吐いた。
「あ、トイレ! トイレ行ってくる俺」
 続けて宣言した桜澤はなぜかこの場から逃げるように席を立った。相原がまた呼び出しボタンを押し、土屋が煙草を揉み消して無言でのっそりと立ち上がり、方向からしてこれもまた便所に消えた。江田は、店員に黒霧島のお代わりを頼んで煙草を銜えた相原に目を向けた。
「なあ」
「……ん?」
「土屋は滅多にああいうこと言わねえぞ」
「……ああ」
 相原は俯いて、ちょっと泣きそうな顔で煙草に火を点けた。