untitled – TBD 22

「あ、お疲れ様っす」
 顔を上げると、会社の後輩がトレイを持って立っていた。
「ああ、お疲れ様」
 答えながら、一ノ瀬は店内を見回した。昼飯時ど真ん中ではないものの、すぐに空席が見当たらないくらいには混んでいる。
「一人? 座ったら?」
「え、いいんすか」
「どうぞ。嫌じゃなかったら、俺はいいよ」
 隣の部の後輩江田は、嫌じゃなかったら、の部分に軽く眉を上げて笑ってみせ、一ノ瀬の向かいに腰を下ろした。会社から歩いてすぐのビルの地下、セルフのうどん屋だ。会社の奴に会うのは珍しいことでもない。
「一ノ瀬さんと飯食うの初めてですよね」
「普段接点ないしねー。俺は土屋に辛く当たってるらしいから、土屋の同期には評判悪いでしょ」
 別に嫌味ではないのは通じたらしい。江田はうどんのスープを蓮華ですくいながらへへっと笑った。
「ああ、まあ……でもアレっすよ、どっちかっていうと、土屋なら辛く当たられても仕方ないみたいな意見が大半で。あいつ誰にでもあんなだから」
「そうなんだ?」
「でも桜澤はちょっと、土屋と仲いいから思うところあったみたいですけど、最近軟化したみたいですね。で、桜澤っていえば」
 江田は洒落たワイシャツにスープが跳ねるのを嫌ってか、品よく麺を啜りながら一ノ瀬に目を向けた。
「土曜に飲みに行ったとか聞いたんですけど」
 一ノ瀬はちくわ天を口に突っ込みながら、江田の顔を改めて見直した。ちょっと皮肉っぽい言動が多いが、江田は社内でもそつなく、できる奴だと評価が高い。そうか、そういうことかと今更ながら思い至って、ちくわを飲み込み、水を飲んで、箸を置いた。
「俺ねえ、土屋は人として信用できると思ってるんだよね」
「——はい」
「で、あいつの仕事すごく好きなんだよね。友達になりたいなあとは思わないんだけど、正直」
 考え込むように蓮華に目を落とした江田は、一ノ瀬に視線を戻して頷いた。
「分かります」
「だよね? いや、江田くんは友達なんだろうからアレだけどさあ」
「時々友達やめたくなりますよ」
 ふっと表情を和らげ、江田はまたうどんを食い始めた。
「そう?」
「はい」
「——俺、桜澤くんってもっとなんていうか、強くない子だと思ってたんだよね」
 土屋と桜澤がいつも一緒にいるのは一ノ瀬も知っていた。だが、別に桜澤に興味はなかった。明るそうだし社交的な感じだが、土屋にくっついているのは、よくわからないが土屋の強さを恃んでいるとか、そういうことだと思っていた。
 だが、あの飲み会で、土屋が好みだと断言したのを聞いて興味が湧き、観察していて気がついた。どちらかというと、強いのは桜澤のほうなのだ。土屋が弱い人間だとは思わないが、多分、色んな意味で、桜澤の方が強靭だ。
「でも違うよね。多分、土屋ってすごく彼に甘えてるでしょ」
「……」
「それでねえ、なんか、あーあの土屋が恃みにしてるってすごいなって思って。話してみたらすごく可愛げあるしね、で、俺もこの子に認められたいなあとか思っちゃったんだよね」
「……そんで、まずは外見っすか」
「安易でしょー」
 へらっと笑った一ノ瀬につられたように江田も笑った。
「だからなんか、土屋が嫌いで、桜澤くんを使って陥れようとか全然思ってないから大丈夫だよ」
「分かりました」
「ところでさあ、江田くんとこの課長、この間——」
 そうして他愛無い話をしながらうどんを食い、コンビニに寄るという江田と別れて会社に戻る。席についたら喫煙所から戻ったらしい土屋が横を通ったので呼び止めた。
「あ、土屋」
「はい」
「明日同行してほしい客先あるんだよね。説明するから三十分くらい時間ない? 資料のこととか、打ち合わせしたいんだけど」
「ああ、はい。じゃあ三時からでもいいすか」
「うん。じゃあ会議室押さえて招集送っとく」
「了解です」
 一ノ瀬は、素っ気なく言ってさっさと歩いて行く土屋の背中をぼんやり見送りながら考えた。
 土屋のことは嫌いじゃないし、どっちかというと好きだから、わざわざ怒らせようとか思ってないんだけど。
 取ったら、やっぱり怒るのかなあ。
「……怒るだろうなあ」
 小さく呟き溜息を吐きながら、一ノ瀬は、会議室予約のシステムを立ち上げた。