untitled – TBD 2

「だから何遍言えば——」
 土屋は通知画面に表示されたメッセージのプレビューを見て低く唸り、舌打ちしながらスマホの電源を切った。
「……誰からか知らないけど、電源切ることねえじゃん。通知オフにすれば?」
「面倒くせえ」
 ただの四角くて薄い物体と化した携帯をポケットに捻じ込み、土屋はカウンターの向こうの店員に生ひとつ追加、と愛想なく告げる。
「誰から?」
「ああ?」
 銜え煙草で焼いたそら豆の実を莢から外しながら、土屋は目だけ動かして桜澤を見た。
「だから、誰からだよ」
「……奈緒美」
「あれ? 別れたんじゃなかったっけ?」
 土屋は何も答えずそら豆を処理し終え、取り皿に豆だけ取って桜澤の方へ押しやった。
「ほら、食え」
「何だ、その下手な誤魔化し方」
「誤魔化してねえよ」
 カウンター越しにグラスを受け取りながら煙草の灰を払い、煙を吐く。
「別にどうだっていいじゃねえか。お前が奈緒美を狙ってるっつーならともかく」
「いや、それはねえけど……何遍もって、あっちから連絡来るってことは、まさかお前から別れようっつったのか?」
「まさかってのはどういう意味だそりゃ」
「いや、そのまんまの意味。だってお前から別れるって、今までないよな?」
 グラスを呷る土屋の横顔を眺め、桜澤はそら豆を口に運んだ。
 表情はきつすぎるし、土屋の物言いは誰が相手でも愛想がない。そういう意味では万人受けするタイプではないが、百八十の後半という高身長に、男前な顔が乗っているのだ。もてないわけがないし、実際土屋には切れ目なく女がいる。だが、桜澤の知る限り、入社してからの八年間で土屋の方から別れ話を切り出したことはないはずだ。
「うるせえなあ」
「だって事実じゃん」
「俺がいっつも女に捨てられてるみたいな言い方すんな」
「いや、でも事実だよな?」
「……」
 おっかない顔で睨まれたが、別に怖くない。
「で、どっちが振ったんでもいいけど、別れた奈緒美ちゃんが一体何の用なんだよ」
「……関係ねえだろ」
 土屋は吐き捨て、煙草を灰皿で揉み消した。
「確かに関係はねえけど、興味あんだもん」
「何で——お前、もしかしてマジで奈緒美と付き合いてえとか」
「いや、ないない。それはない」
 思い切り首を振ったら、土屋は数秒桜澤を見つめ、そうだろうな、と呟いた。奈緒美はいい女だが、桜澤の好みではない。新しい煙草を銜え、火を点けずに暫くぶらぶらさせた後、土屋は火の点いていない煙草を指先に挟み、同じ手で前髪を乱暴にかき上げ溜息を吐いた。
「土屋?」
「何だ」
 面倒くさそうに低い声で答える土屋はそら豆の莢に目を向けたままだ。
「気ぃ悪くしたならごめん」
「……ああ、違う。お前がどうとかじゃなくて」
 そこまで言って土屋は煙草を銜え直して火を点け、煙を吐いた。
「だいじょぶか?」
「お前、もっと飲め、サクラ」
「はあ? 何でよ」
「別に。明日土曜だし」
「いや、そうだけどそうじゃなくて、なんか溜息とか吐いてるし、奈緒美ちゃんから連絡きてへこんでるっぽいし、飲むのは俺じゃなくてお前なんじゃねえ?」
「いいんだよ」
 何がいいのか全然分からない。それに、あまり記憶がないから自覚はないが、酔っ払った自分に噛み癖があるというのは聞き知っている。入社以来一番被害に遭っているのが土屋だということも。
「俺はいいけど。噛みついても知らねえぞ。俺が潰れたら連れて帰れよ、責任持って」
「そのつもりだから安心しろ」
 土屋は唇の端を歪めて少し笑い、桜澤が干したグラスを取り上げ、店員を呼んだ。