untitled – TBD 18

 串にかぶりつく江田を見るともなく見ていたら、急に桜澤のことを思い出した。
「なあ」
「あ?」
「最近噛まないよなあ」
「噛まないで飲み込めねえだろ、何言ってんだよ相原」
「いや食い物のことじゃなくて」
 レバーを飲み込み、ジョッキを空にした江田が手を上げて店員を呼んだ。
「生追加。お前は?」
「あ、じゃあ俺芋のお湯割」
 注文を復唱して店員が去ると、江田はまだレバーがひとつ刺さったままの串を指揮棒のように振りながら言った。
「で、何を噛んでねえって?」
「ん? ああ、サクラのこと」
「ああ——」
 江田はようやく合点がいったという顔で頷いた。
「喧嘩でもしてんじゃねえの」
「誰と?」
「いやだから土屋と。だって土屋を噛まねえって話だろ」
「うん? ああ、まあそうなるのか、結果的に」
 この二週間で立て続けに内輪の飲み会があったが、桜澤はあまり酔っていなかった。まったく飲まないわけではないし、機嫌よくやっているが、ぐだぐだになって誰かを——主に土屋を——噛んでいない。
 相原は店員が運んできた新しいおしぼりと、ビールと焼酎を受け取ってテーブルに置き、煙草を銜えて火を点けた。
「で、喧嘩してんの?」
 相原が訊ねると、江田は片眉を上げた。
「誰が、誰と?」
「だから土屋とサクラ」
「知らねえよ」
「さっきお前が言ったんだろ、喧嘩でもしてんじゃねえかって」
「適当に言っただけだし、本当のとこどうかなんて知らねえ」
 無責任に言い放ち、江田は串に刺さっていた最後のレバーを口に入れた。
「でもまあ、土屋はサクラに甘えすぎだから、サクラ離れするいい機会だろ」
 相原は驚いて思わず噎せた。
「汚ねえな、噎せんなよ」
「や、だって、土屋がサクラに甘えてるとか、何でそんなことになんだよ? 齧りまくって甘えてんのはサクラの方じゃねえの」
「サクラは別に齧る相手選んでるわけじゃねえだろ。俺たちが土屋に押し付けてるだけで」
 言われてみれば、桜澤は別に土屋を狙って齧りつくわけではない。な? という顔をした江田は、いつも通り洒落たネクタイに洒落たワイシャツを身に着けているくせに、手に取った新しいおしぼりでおっさんみたいに顔を拭いた。
「土屋はまあ態度でかい奴だけど、ほんとにあのダルさと威圧感全開で、我儘放題暴言吐き放題してんのは多分サクラの前でだけだと思うぜ」
「……それは、普段はあれでも抑え気味ってことかよ?」
 頷く江田を見ながら相原は慄いた。抑え気味であんななのか、土屋。
「サクラも別に耐え忍んでる風じゃねえから、気が合うっていうか、気にならねえっていうか、そもそも気づいてねえのかしんねえけど、まあそれはどうでもいいとして」
 どうでもいいのか、と思ったが、そこも敢えて突っ込まない。
「とにかく、サクラの前での土屋はすげえ楽になっちゃってんだよ、色んな気遣いとかから解放されて。まあ別にいいよ、それは。仲いいのは悪いことじゃねえから。でもよ、もしサクラが結婚でもしたらあいつサクラロスになるぜ、絶対」
 江田はビールを呷って浅漬けのきゅうりに箸を伸ばした。
「幾ら仲いい友達っつっても、依存しすぎはよくねえよ。特に土屋は人間関係全般面倒くさがりすぎだし、喧嘩してんならちょうどいいから、ちょっとサクラなしでやってみりゃいいんだよ」
「そうか」
 正直相原にはよく分からない。仲良きことは良きこと哉、と思うだけだ。だが、江田は土屋と学生時代からの付き合いがある。江田が、土屋の依存がよくないことだと思うのなら、多分そうなのだろう。
 お湯割に口をつけながら、相原は酔った頭でここにいない同期二人のことを考え、江田といると楽だと思う自分の内面についても考えた。
「……なあ、江田?」
「あ?」
「俺が結婚したら、お前、相原ロスになる?」
「ならねえな」
 江田はきりっとした顔で一片の躊躇いもなく断言した。