untitled – TBD 16

 桜澤は腹の中の物に押し出されるように掠れた声を上げた。
「あっ、つ、土屋……い……っ、い、あ!」
「いい?」
「馬っ鹿野郎そうじゃねえっ! いいっ! 加減にっ! しろっつってんだ……!」
 鬼のような顔で文句を垂れるから細い腰を掴んで浅い場所で小刻みに動いてやったら、桜澤はちょっと驚くくらい甘く色っぽい声で呻き、奥を突いたら弱々しく首を振って喉を反らした。
「あ、あっ、や——」
「でもお前、すげえよさそうに見えるけど」
「うるせ、んっ、よくなんかね……っ!」
「ほんとかよ?」
 深く押し込みながら言ったら桜澤はくそむかつく、とか何とか喚き、勃ち上がったものを濡らして喘いだ。土屋が、ほんとはイイんだろ、と耳に唇を押し付け囁くと、濡れた睫毛を震わせうっかり頷いた後、かっと目を見開き今のなし! と必死に否定した。そうはいってもひっきりなしに漏れる艶めかしい声は感じている証拠だったし、別に桜澤が認めようが否定しようが、正直言ってどちらでもよかった。

「お前なあ!!」
 ベッドに座って一服していたら、背中の真ん中を手加減なしで蹴っ飛ばされた。
「痛え」
「俺はケツが痛えっつの!!」
 土屋は振り返り、桜澤の顔を見た。髪が乱れてえらいことになっていて不機嫌そうだが、まあ、普段とそう変わらない。
「痛くねえだろ」
「はあ!? あんなん突っ込まれてお前痛えに決まって……」
「入れる前にちゃんと解してやったろうが。優しく、丁寧に」
「おい、解すとか、ひとのケツの穴をこんがらがった結び目みたいに言うんじゃねえ!」
 わけの分からないことを吼え、桜澤がまた背中を蹴る。
「痛えって」
 多分一種のパニック状態なのだろう。桜澤は土屋の背中を続けざまに三度蹴ったかと思うと勢いよくベッドに倒れ込み、布団を頭からかぶって静かになった。
 煙を吐き、天井に向かって登っていくそれを眺めながらなんとなく考える。
 奈緒美に迫られて、嫌いになったわけでなし、奈緒美が望むならやってもいいかと思ったのは本当だった。だが、奈緒美を半裸くらいまで剥いてキスしたら、なんとなく唇を重ねているときの桜澤の顔が浮かんだ。あいつに比べたら女は色々面倒くせえな、と思った途端萎えたから、奈緒美の服を整えて、やっぱり無理だからもう本当に終わりにしようと言ってみた。
「他に好きな子、できた?」
 奈緒美はベッドの上で膝を抱えながら土屋を見上げてそう訊いた。
「いや、誰もいねえけど」
「じゃあ、なんで続けられないの? ちゃんと教えて」
 説明なんかしないで済めばそのほうがよかった、と思いながら小さく溜息を吐く。奈緒美が悪いならよかった。それか、本当に他に好きな女がいたらよかった。初めて自分から別れを切り出した理由は、自分の欠点——欠陥ともいう——が原因なのが情けない。
「……どんだけ続けても、多分俺はこのまんまだ」
「このままって?」
 奈緒美は怪訝な顔で眉を寄せた。
「面倒くさいんだよ。恋愛とか、全部」
「……それって私が重いってこと?」
「いや、違う。お前の問題じゃなくて俺の問題。この先も、お前に一所懸命になったりできねえと思う。お前にだけじゃなくて、多分誰が相手でも」
「……」
 奈緒美の傷ついた顔は見たくないと素直に思ったが、本当のことだから仕方なかった。
「いつもは、相手がそれに気づくまで何となく続けんだけど——お前は今まで付き合った中で一番いい女だし」
「当然よね」
 顎を上げて言う奈緒美の唇は微かに震えていた。申し訳ないとは思ったが、それだけなら続ける意味がない。
「そんなこと続けて時間無駄にさせるには勿体ねえ女だと思ったから」
「私がそれでいいって言っても?」
「うん、ごめん」
 奈緒美はもう何も言わなかったから、そのまま出てきた。真っ直ぐ帰ろうと思ったが、そういやサクラがうるさく言ったから奈緒美と会ったんだったと思って寄ってみた。
 それからついでに、何をムキになって避けているのかと言ってやろうと思っていた。そもそもキスしたいと言い出したのは桜澤で、土屋じゃない。それなのに変に警戒されて話もできないのは面白くない。
 酔っ払ってキスする度、腕の中で蕩けるように弛む身体。キス以上のことをしたらどういうふうになるのかと、一度も想像しなかったといえば嘘になる。だが、だからと言って、本当に試す気なんかまったくなかった。風呂上がりの洗い髪と、無防備なツラを間近で見るまでは。
 煙草を揉み消し、蓑虫みたいな布団の塊を力ずくで引っ張り寄せて剥いたら桜澤の仏頂面が現れた。
「サクラ」
「……」
「なあ、お前もよかったよな?」
 桜澤は何も言わなかったが、不機嫌なツラの目元がほんの少し赤くなった。顎を掴んで舌を突っ込んだら、腕を突っ張り逃れようともがく。抵抗に構わず続けているうち、桜澤が根負けしたように応え始め、舌が絡む度堪え切れないように身体を震わせた。
「サクラ?」
 口元で囁くと、不機嫌度を増した涙目で睨まれた。
「……何だよ!」
「ずっと付き合ってた彼女って、もしかしてお前の妄想?」
 憤怒の形相の桜澤にぶん殴られ、土屋はベッドから転がり落ちた。