untitled – TBD 11

「土屋あっ!!」
 馬鹿でかい声とともに腰のあたりに何かが激突し、土屋は手に持った水のボトルを取り落とし、自動販売機に思い切り額をぶつけた。その頭突きのせいかどうか、自販機が当たりました! 当たりました! と二回喚いてボタンをすべて点滅させた。
 飲料だけでなく額も当たった当人は額を押さえながら自販機に手をついて上体を起こしたが、不用意に手をついたせいで、甘い物も牛乳も好きではないのにロイヤルミルクティーなどと言うもののボタンを押してしまった。
「サクラ! 危ねえだろうが!」
 普段からおっかないと言われる顔で腰にしがみついているものを怒鳴りつけたと同時に通りかかった総務課長がげらげら笑った。
「朝から公共の場所でいちゃいちゃすんなよお前ら」
「誰がですか。退けサクラ」
 襟首を捕まえて引き剥がしているうちに課長は笑いながら立ち去った。ようやく離れた桜澤をなんとか押しやって取り出し口からミルクティーを取り出す。桜澤が床から拾い上げたボトルを渡して寄越したから代わりに「やる」と言ってミルクティーを差し出した。甘いものも好きな桜澤はにっこり笑って受け取ったが、急にはっとして切羽詰まった顔になった。
「いやそんなんで懐柔されねえぞ!」
「はあ?」
「昨日俺はお前のせいでエラい目に遭った!」
「はあ」
「襲われるとこだったんだからな危うく!!」
 土屋はたっぷり三十秒くらいかけて桜澤を襲撃しそうな人間について考えてみたが、どうも具体的に思い浮かばなかった。
「……誰に?」
「反応が遅えから寝たかと思ったじゃねえか!」
「いや寝るわけねえだろ。で、誰に襲われたって?」
 桜澤は急に口を閉じ、左右を見回してから言った。
「奈緒美ちゃん」
「は?」
 自分の別れた女の名前が出てきてさすがに驚き、何と言ったものか分からず黙っていると、桜澤が近寄ってきて声を潜め、昨日な、と言って少し黙った。
「奈緒美ちゃんと飲んだんだよ。誤解すんなよ、そういうんじゃねえからな。なんか結局お前から連絡してねえだろ? それで、俺から何とか言ってくれってまた頼まれて」
 奈緒美はどう考えても桜澤のタイプではないし、逆も然り。そうでなくても誤解なんかしない、と思ったが口を開くのも面倒だから黙って聞いていた。
「でな、飲んで送ったわけ。タクシーで。部屋の前まで送って——タクシー待たせてだぞ、言っとくけど。寄ってけって言われたけど、そりゃ断りましたよ。そしたらなんかいきなり抱きつかれてキスされて」
「……それは俺のせいか?」
「奈緒美ちゃんが俺とキスしたがる理由なんかねえだろ。だから何のつもりかって訊いたら、お前を妬かせたいからだってよ! 危うくそのまま玄関先で押し倒されるとこだったんだからいい加減会ってちゃんと話ししろよ! 美人に迫られて毎回拒否する自信ねえから俺は!」
 桜澤はミルクティーを手の中で捏ねくり回しながら声を潜めたまま喚くという器用なことをやってのけた。
 確かに桜澤の言うことももっともではあると思ったが、土屋はペットボトルの蓋を捻って一口呷り、桜澤に目を戻した。
「まあ、迷惑かけたみてえだから奈緒美とは話しとく。それより」
「何だよ」
「お前、奈緒美とやれんの?」
「はあ? だからしてねえっつうのに」
「それは分かってるって。そうじゃなくて、やれば奈緒美とできんのかよ」
「いやそりゃできるだろ、奈緒美ちゃん可愛いし」
 確かに奈緒美は美人だが、と土屋は思った。
「どっちかっつーとお前のほうが可愛い」
「何だお前それ、全然面白くねえ。大体」
 桜澤はひどく機嫌を損ねた顔でそこまで言ったが、その後何を言ったらいいのか分からなくなったらしい。
「とにかく俺を巻き込むなよっ」
 ホームラン宣言する四番打者の如く土屋にミルクティーの缶を突きつけた後、何故か缶を上下に激しく振りながら憤然と立ち去った。あんなに振ったらフォームドミルクみたいになるんじゃねえかと心配になったがまあそれはどうでもいい。
 土屋は自販機に凭れ、面倒くせえなあと思いながらスマホを取り出し奈緒美に短いメッセージを送信し、もう一口水を飲んだ。