untitled – TBD 10

「違う、ここを選択してからだ」
「あ? ああ、そっか。この日付か」
「そう。その後で……」
 土屋の声がそこで途切れ、桜澤はディスプレイに向けていた目を土屋に向けた。背中からかぶさるようにされているので、斜め右上のすぐそこに横顔がある。顔を見たら、土屋が渋面を作って違う方向を見ていたので視線を追う。しかし、土屋が睨んでいる先には何もなかった。
「土屋?」
「あ? ああ」
「この後どこを参照すんだって?」
「え?」
「おいおい」
「ああ……いや、悪ぃ。いいか、ここの数値をな——」
 土屋は小さな溜息を吐き、ディスプレイに注意を戻した。

「それはあれだな」
 相原が言い、江田が頷いた。
「あれだろうな」
「何だよ、あれって!」
 相原は同僚と客先に行くから待ち合わせ、桜澤は外回りからの帰り、江田は休憩。
 喫煙室でたまたま一緒になった二人に何となく昨日の残業中のことを話したら、二人は顔を見合わせ頷き合った。
「だからあれだって」
「そうそう、あれだよ」
「待て、まさかあれってアレじゃねえよな!?」
「サクラの言ってるあれが分かんねえよ、なあ相原」
「や、だからアレ!?」
 江田が笑って、煙草を持っていない手で桜澤の背中をばしばし叩いた。
「いや、嘘嘘、お前の思ってるアレは絶対違うわ、サクラ」
「ほんとに知らねえんだなぁ」
 相原もにやにやしながら煙を吐く。江田が穂先の灰を払いながら言った。
「お前のファンだよ」
「はあ?」
「だから、サクラファンだって。土屋がくっつきすぎてっから威嚇しに来たんだろ」
「いや、土屋は誰が相手でも変わんねえし! でかいから普通に背後からかぶさってくるし」
「それは俺たちは知ってっけど、だって、彼女らはサクラしか見てねえんだぞ? 土屋がサクラ以外にどう接してるかなんて興味ねえから、知るわけねえと思うよ」
「彼女ら!? 複数なのかよ」
「お前結構人気あるんだぜ、今年の新卒女子に。あれ、去年もだっけ?」
 相原が煙草を揉み消し吸殻を捨てながら江田に向かって首を傾げる。
「残業中のそれは去年組だろうな。新卒はまだ土屋を威嚇するとかそんな度胸ねえだろ」
 江田は煙を天井に向かって吹き上げ、桜澤を見て片眉を引き上げた。
「お前のその、背が小さくもでかくもないとことか、首とか腰が細っせえとことか、顔が濃くなくてすっきりした感じが、今人気あるタレントとか俳優と同じ系統らしいぜ」
「何だよ、そんなら何で誰も直接俺んとこ来ねえかな」
 桜澤がぼやいていたら桜澤の背後から相原を呼ぶ声がした。同僚の迎えが来て相原は出て行った。
「だってサクラ、彼女いただろ、ずっと。だからじゃねえ?」
「今はフリーだぜ! 誰か言ってやってくれよ、その、彼女らに!」
銜え煙草で力説したら、江田は灰皿に煙草を捨てて笑った。
「彼女がいなくてもいっつも背中にでかくておっかねえの貼り付けてっから近寄り難えんだろ」
「何も貼りついてねえよ。それじゃほんとに怪談じゃねえか」
「いや、貼りついてるぜ?」
「何だって?」
 背後の高いところから声がして、江田が「ほらな?」と言ってげらげら笑った。