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群青走駆 8

 気付けば陽は傾き、ブーレーズの町を市場に積み上げられた果物のような色に染めていた。  ナットのところから鍛冶屋に戻りカスケルを連れ出してみたものの、カエンは暫し途方に暮れた。ヴァレリーは既に町を出たのか、どこかに留 […]

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群青走駆 7

 約束は死んでも守る。内容は問題ではない。何故なら、それは名誉に関わることだからである。  実行に移すかどうかは個人差があるが、身分の高い軍人ほど、そういう考えを持っている。  誇りを持つこと、名誉を重んじることは勿 […]

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群青走駆 6

 下働きが起き出すにも早い時間かと思ったが、台所に下りて行ってみると、早起きの老婆が台所で木の実を選り分けていた。  何か腹に入れるものがないかと訊ねると、昨日の残りのスープを温めてやるという。野菜屑が浮いているだけ […]

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群青走駆 5

「逃げるな」  寝台から忍び出ようとした身体に腕を巻きつけ引き戻す。驚いたような小さな声が漏れ、腕の中、抱き込んだ背中が強張った。 「何で今更逃げる必要がある」  呟きながらうなじを噛むと、ヴァレリーの全身が緊張する […]

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群青走駆 4

 酒場は予想通り、賑わっていた。適正な収容人数以上がここにいることは間違いないが、一体どれだけ多いのか、といわれるとはっきりとは分からない。ただただ、生の気配というものに圧倒され、カエンは何とはなしに溜息を吐いた。 […]

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群青走駆 3

 どうすればいいのかは、ヴァレリーが知っていた。  長く戦地に赴いているときに兵士同士が慰め合うことがあるのは、周知の事実だ。だが、誰も彼もそうするわけではないし、少なくとも、カエン自身は経験がない。共に戦った二年間 […]

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群青走駆 2

 思ったとおり、カーダンの王都ブーレーズは勝利に酔っていた。  大勝、と言うにはあまりにも損害は大きいのだが、軍人以外がそれを知る由もない。正規軍の黄金の旗が掲げられ、銀色に輝く甲冑の隊列が大通りを進む。騎馬の者も徒 […]

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群青走駆 1

 ヴァレリーの顔の半分が、朱に染まっていた。赤い顔のなかで、灰色の瞳だけが穿たれた穴のように目立って見える。 「カエン」  名前を呼ばれ、長い間その顔を見ていたことに気がついた。その間も、我知らず長剣だけは振り回しつ […]

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東風/あゆ

 戦場に吹き荒ぶ風の中、何度も名を呼んだ。  顔に当たる細かい砂が、口の中に、目の中に、入り込んで棘のように己を刺す。  巻き上がる砂塵に姿を見失い、喉が嗄れるほど呼んでも答えない男を必死で探す。ようやっと目にした、 […]

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overflow 2

「勝巳、竜矢来てるんだけど飲みに行かねえ?」  能天気な声は、竜矢が何も言っていないことを物語っていた。そうでなければ流石に無神経な中林でも、そんな電話はかけてこないだろう。  わずかにこぶになった額を気にしながら、 […]