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君のなまえ 4

「桑島さん、俺に嘘ついたでしょう?」  薮内の声が頭から降ってきて、桑島は思わず手の中の袋を机の上に取り落とした。広げたままの企画書の上に粉が落ち、溜息をつきながら払い落とす。ゴミ箱に屈んで顔を隠しながら、桑島は「何 […]

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君のなまえ 3

 薮内はまったく言葉を発しなかった。  片手でひとつに纏めた桑島の腕を引き伸ばすように押さえつけ、終始怒ったような顔をしていた。  学生時代に一体何を勉強していたんだか。そんな思いが頭をかすめる。触れ、探り、追い上げ […]

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君のなまえ 2

 薮内の黒いワゴンがアパートの前に止まることも、最近は珍しくなくなった。アパートの目の前は数年前に桑島が越してきて以来どこかの会社所有の看板が立ったままの空き地で、その脇に路上駐車したところで咎める者は誰もいない。 […]

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君のなまえ 1

 薮内に好きだと言われて数ヶ月経つ。躊躇いがちに伸ばされた指を許容したのは自分自身に相違ないが、だからといってそれ以前と何が変わったわけでもない。  変わらないのか、変えられないだけか。自分の内心さえ分からないまま、 […]

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君の指 2

 本当なら薮内と二人でここにいるはずだった。  その得意先は、桑島がいずれ薮内に引き継ぐつもりだったからだ。毎月レギュラーの売り上げがあるし、担当者も無理を言わず、感じがいい。そして何より、支払が滞らない。これは重要 […]

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君の指 1

 仕事中に見せる開けっ広げな笑顔とは違う微笑み。  少し低く、掠れた声で呼ぶ名前。  些細な動きも見逃すまいとひとつひとつの仕草を目で追う、その表情。  もうばれちゃってますよね、と呟いた声。  水の入ったグラスを持 […]

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君の声

「桑島さん、食いますか」  すっかり人気のなくなった社内に薮内の声がして、伝票に集中していた桑島は椅子の上で文字通り飛び上がった。 「お前、まだいたのかっ」 「何言ってるんすか。俺が帰る前に桑島さんに挨拶しなかったこ […]

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君の匂い

「何言ってるんですか、冗談じゃないすよ!」  薮内の怒声に、桑島は思わず溜息を吐いた。薮内の気持ちはよく分かる。 「大体ねえ、クライアントだからってあの態度何ですか」  この時間は管理会社の守衛以外誰もいないビルのロ […]