07 バレンタインデー

「何やってんだ」
「──起きたのか。仕分けしてる」
 錠前屋はベッドに寝転がったまま身体を起こして頬杖を突き、半分寝惚けたような顔で秋野を見た。
「何の」
「食えるものと食えないもの」
「意味が分かんねえ」
「バレンタインデーだっただろう。今日──ああ、もう昨日か」
 既に日付が変わっているから、バレンタインデーは終わっている。
「ああ……そういやそうだな」
「何かもらったか?」
「貰ったみてえよ。三個? 四個? 知らねえけど。服部にやったから」
「客?」
「んー、多分。いや、でも客ばっかじゃなくて知ってる女もいたのかもしんねえ。すげえ忙しくて厨房から出られなかったからわかんねえな。服部が渡しとくっつって受け取ったみてえ」
 くあ、と動物のような欠伸をした哲は寝転がったまま手を上に伸ばしてひらひらした。
「煙草取ってくれ」
「どこにあるんだ」
「分かんね、その辺──それでもいい」
 億劫そうに人の煙草を指すから、立ち上がってベッドまで行き、哲の唇に吸いかけのそれを突っ込んだ。ついでに灰皿も取ってやってソファに戻る。
「で?」
「何だ」
「仕分けってなんだ」
「ああ、だから、バレンタインだからってもらったものを食えるものと食えないものに分別してるんだ」
 秋野自身はバレンタインデーなんてものには何の関心もないのだが、毎年やたらとたくさんのものが届けられる。
 スタンダードにチョコレートだったり、身に着けるものだったり。
 ほとんどは知り合いからで、他には飲み屋の営業みたいなものもある。想いを伝えるための手作りチョコなんてものはないが、女性からのお誘いめいたチョコレート──もしくは下着だとか、まあ様々なアイテム──はそれなりにもらう。
 それをすべて食品とそうではないものに仕分けするのが毎年の恒例行事だ。
「チョコレートは食わないからな、利香とか、まあ適当に知り合いに分ける。食えないものはまとめて業者に渡して処分してもらう。転売されてるのか捨てられてるのか知らんが」
「ふうん」
 薄情だとか勿体ないとか言われるかと思ったが、哲は何も言わずに起き上がり、面倒くさそうに煙を吐いた。寝乱れた前髪がゆっくりと元に戻って瞼にかかる。
「急ぐのか」
「何が?」
「仕分けんの」
「いや、別に」
「じゃあ放っとけよ」
 投げ出すように言って、哲は煙草を灰皿の底で揉み消した。煙が細く立ち上り、哲の顎先にまとわりつくようにたゆたって消える。
「どうせ食わねえチョコとか、何か知らねえけどどう見てもエロい下着とか何とか」
 腰を上げて歩み寄り、哲の手から灰皿を取り上げる。
「んなもん全部まとめて捨てちまえ」

 チョコレートも、睦言も要らない。
「可燃ごみの収集は今日なのか?」
「……知るかよ」
 不機嫌に言った哲は、煙草の味がした。