04 夜明け前

 仕入屋と寝るのは殴り合いの延長のようなものだと思っていたし、実際そうだった。
 殴り合いの先にセックスがなくたって別にいい。何なら、今後一切寝なくたって、喧嘩さえできればいいと考えていた。
 物理的にも心情的にも、哲が良心の呵責を覚えず、一切の手加減なしで暴力を振るえる相手は滅多にいない。そういう意味で、秋野は哲にとって、なくてはならないひとだった。
 ある時気が付いたら、「延長」が「一緒」になっていた。
 どっちでも同じこと──つまり、両方の意味で秋野がなくてはならないひとに──なったのが、いつ頃なのかは自分でもよく分からない。
 今更取り繕ったって仕方ないと分かっていても、受け入れるにはそれなりの努力を要した。自覚した後も、なるべく忘れるようにしていた。
 あくまでも、喧嘩があってこそ。そこからの興奮が収まらずに抱き合うという体なら、受け入れることに抵抗が少なかったから。

「ぅあ──っ」
 よりにもよって一緒に住むなんて、何を考えていたんだか。
 腰を掴んで揺すり上げられ、哲は喉を反らして声を上げた。
 夜明け前、建物の中は薄暗くて、秋野の顔はよく見えない。薄闇は目の粗いフィルターを透かしたようにものの輪郭を曖昧に滲ませる。
 同じベッドで眠るようになってから、明け方に抱かれることが増えた。今まではその時間に一緒にいること自体ほぼなかったから回数が増えたのは当然のことだが、問題は別に時間帯と場所ではない。
 大抵は、秋野の方が早く目を覚ます。そうやって深く眠っているときに圧し掛かられたら、目が覚めた時には殴る蹴るどころではなくなっているのが問題なのだ。
 感情も、衝動も、雄のプライドも何も関係ない。
 与えられる刺激に単純に反応し、哲の意識から遠いところで身体は勝手に緩み、蕩けて秋野に絡みつく。
 昔ならそんなことはなかった。肉体的には同じことになったとしても、目覚めたときに拒否反応があったはずだと思う。
 今、感じるのは拒否ではない。
 同じ場所で寝起きすることに同意したときに、多分何かが少し変わった。
 身体の中を隙間なく埋めるのが秋野だと思うと、喉が震える。拳を叩き込むときと同じ、錠前が開くときと同じ歓喜に目が眩む。
「おはよう」
「……てめ、なんつー起こし方──っ」
「お前があんまり可愛い顔で寝てるから」
「ああ!? 見えねえだろうが!」
「俺の想像上は可愛いことになってる」
「馬鹿、かっ、あ、あ……!」
 腹の中に残る昨晩の残滓が生々しい音を立て、皮膚が擦れて軋む音がした。刺激に喘ぎながら手を伸ばし、秋野の背に掌で縋る。口角に唇が触れ、秋野の低い笑いが聞こえた。
「──最近、暴れないな」
「ああ──? 何だって……?」
「まあ、寝起きだけだが、暴れなくなった」
 さっきまで考えていたことを読まれたようで、忌々しさに舌打ちする。舌打ちがおかしかったのか違うのか、秋野はまた微かに喉を鳴らすようにして笑った。

 粘膜をしゃぶり味わうかのような執拗な出し入れに、もうどうにでもしてくれという気分になる。秋野の動きに応えるように抱え上げられた腰を揺らし、哲は唸り声を上げた。
 盛った動物みたいなしわがれた声がとめどなく漏れ、別の場所から漏れたものがそこに触れる秋野の指を濡らす。
 秋野に触れられる度、押し広げられる度。
 肉体だけの話ではない。哲のもっと内側、自分すら知らないどこか奥深くを探られ暴かれる度に、音に聞こえず目に見えない何かが漏れ出していく。歯噛みしながらそれを見つめ、どうすることもできないまま、流れ出した己の一部までも余さず啜り食らう男にすべてを曝け出した。
 夜が明ける。
 青みを帯びた光が微かに強まり、秋野の色の薄い瞳が月みたいに白っぽい黄色に見えた。夜明け前、哲の中を勝手に隅々まで照らすろくでもない月光のように。
 一際感じるところを突かれ仰け反った哲の頬骨の上を指が這う。
 明り取りの窓から曙光が射し込み、長い指の辿ったあとを追いかけるように、哲の肌をやわらかく照らした。