ユズキクリーンサービス 6

 ある日新海がコンビニから管理人室に戻ったら、知らないおっさんがソファに長々と寝そべっていた。
「……失礼ですが、どちら様ですか?」
 おっさん、とは思ったが、それは単に年齢が上であるというだけの話で、外見──例えば体形とか──がおっさんくさかったわけでは決してない。
 緩くウェーブした黒っぽい髪を背中の半ばほどまで伸ばし、適当に結わえている。顎には無精髭、穿き古したデニムとブーツ、ありふれたTシャツ。だらしない、のぎりぎり半歩手前で踏みとどまっているような格好のそのおっさんは、筋骨隆々ではないが、寝転がっていてもかなり鍛えられた身体つきだということがはっきりと見て取れた。
 新海の声に反応したわけではないだろう。多分、ドアが開いたとき、そうでなければもっと前からその存在に気づいていたのだというように、ゆっくりと顔をこちらに振り向けた。
 高くて鋭い頬骨と鼻梁、深い眼窩に嵌ったアーモンド型の目は濃くて長い睫毛に縁取られ、茶色ではあるが、日本人によくある茶色よりは明るい色だ。ソファからはみ出している部分を見ても結構な長身。少なくとも新海より低くはない。どこからどう見てもアジア人ではなさそうだ。
「どちら様ですか」
 それでも重ねて日本語で訊ねてみると、男はひょいと身体を起こし、何か言った。聞き取りにくいが、スペイン語のように聞こえる。
「日本語は?」
 何も言わない男の顔は穏やかだが、言葉を解してるのかいないのかは分からない。
「英語は?」
 新海も日常会話レベルなら話すことができる。英語で訊ねると、ようやく男が口を開いた。
「ユズキを探してる」
 男の声は微かに掠れているが明瞭で、英語の発音は意外なことに訛りのないきれいなものだった。
「柚木の知り合い?」
「そうだ」
 男は頷いて、灰皿があるからいいと思ったのか、断ることもなくデニムのポケットから煙草のパッケージを取り出した。ナリからして洋モクに違いないと思ったら、セブンスターだった。新海は内心何でだよ、と突っ込んだが、まあ、欧米人イコールマルボロというわけでもない。
 ついこの間、柚木はアメリカ国籍だと知ったばかりだ。男の民族的ルーツはさておき、そう考えればアメリカ人の友人というのは可能性として大きい。少なくともここを知っているのだから、まったく知らない人間ということはないだろう。
「上には行ってみました? 会社は──」
「ああ、先に行ったけどいなかった。ホリタって奴が、ここじゃないかと」
 煙を吐き出す男の鋭角的な輪郭に沿うように、髪が一筋ふわりと揺れる。低い声で穏やかに話すが、剣呑なものを感じさせるおっさんだった。そして、それを隠そうともしていないのが何となく恐ろしい。
 新海は昔から人より動じないところがあって、度胸があるとか言われることも多いのだが、自分では何かが少し鈍いのだろうと思っていた。
 欠陥というほど大袈裟でもないが、他人とは少しだけ違う。実際、そうでなければ柚木たちの運転手なんか引き受けたりしないだろうし、手を貸してくれと呼ばれたからって、血の海を横目で見ながら立ち働いたりできないに違いない。
 だが、男のことは単純に怖いと思ったから、下手に刺激することはしないでおこうと決めた。ぶら下げていたビニール袋をデスクの上に置き、中から煙草とペットボトルを取り出す。
「俺も見てないですよ。勝手にここに入ってくることもあるけど、今日は会ってないな」
「そうか。じゃあ、会ったら俺のところに顔を出すように言ってくれ。仕事の話だ」
「電話番号とか……」
 お互いに教えていないのか、というつもりで口にしたら、男は立ち上がって肩を竦めた。
「そんなのは三日も経てば変わるからな」
「……」
 立ち上がった男は思ったとおり、新海と同じくらいの長身だった。全体的には細身に見えるが、Tシャツから覗く二の腕の筋肉は太い縄をより合わせたようで、どう考えても普通の職業ではなさそうだった。
「伝えますけど、名前は?」
 部屋を出ていきかける男に訊ねる。
「アンヘル」
 それだけ言って男はさっさといなくなった。ファーストネームかラストネームかも分からないじゃないかと思いながら、新海は男の出て行ったドアをぼんやり眺めていた。

 柚木が現れたのはそれから一時間くらい経ってからで、何故か有名な羊羹の黒い箱を抱えていた。デスクのラップトップで書類仕事をしていた新海の前を通り過ぎ、ソファに寝転がって箱を掲げて見せる。
「なあ新海、羊羹食わねえ?」
「食わねえ」
「やっぱ食わねえかー」
 柚木は口を尖らせ、ソファに寝転がると箱を腹に載せてぶつぶつ言った。
「なんだよ、老舗だぜ。高いんだぜ、多分だけど」
「高いよ。お嬢さんを僕にくださいのときの定番だよな、それ」
 羊羹の箱を眺めながら何の気なしに言ったら、柚木は箱に目を落とし、次いで首を捻じって新海を見て、また腹の上の箱を眺めた。
「……そうなのか?」
「ああ、多分──」
 柚木は一瞬何か言いたげな目を寄越したが、すぐに向こうを向いたので表情は見えなくなった。
「知り合いにもらったんだけど、上も誰も食わねえからさ。洋菓子ならギリ食えるんだけどな、みんな」
「ああ、洋菓子は、まあ、パンとかだと思えばな」
「そうなんだよなあ。和菓子は結構ハードル高えんだよな。そんじゃあ俺が晩飯にすっか、仕方ねえ」
 嫌そうに言う柚木に新海は思わずキーを打つ手を止めた。
「晩飯ってお前」
「いや、だって、高いんだろ? 捨てんのも勿体ねえし。羊羹じゃなくて単なる糖分だと思えば、別に栄養素に嫌も何もねえもん。あ、一遍には食わねえよ、さすがに。日持ちもするしな、そう考えたら携行食としては、案外羊羹アリなのか?」
 真面目な顔で続ける柚木に呆れて新海は嘆息した。
「……なんでそういう訳の分からん食生活を送ろうとするんだ、お前は」
「いや、好きでそうしようと思ってるわけじゃねえけどさ」
「わかった、寄越せ」
 立ち上がってソファの横に立ち、柚木の手から箱を奪い取る。
「姉貴にやっとく。ミツは食わねえけど、もえは食うかもしれねえし、そうじゃなくても誰かいるだろ、周りに」
「そう?」
「ああ、そういえば──」
 ソファに寝転がる姿を見ていたら思い出し、新海は箱を持ってデスクに戻りながら言った。
「さっき客が来てったぞ。アンヘルっておっさん」
「はあ?」
 柚木は勢いをつけて起き上がり、こちらを向いた。
「何であのおっさんがここに来んだよ」
「上行ったらお前がいなくて、堀田がここじゃねえかって言ったらしい」
「あー……」
 柚木は髪をかき上げて舌打ちした。
「そうか、堀田はあいつと面識ねえんだった。くそ、失敗したな」
「知り合いじゃねえのか。仕事の件で寄れって行ってたぞ。電話番号は変わるって」
「知り合いだけど──」
「じゃあいいだろ、別に」
 柚木は何とも言えない顔をして煙草を銜え、乱暴な手つきで火を点けた。
「知り合いだけど、別に友達とかじゃねえし。あんたのこと、知られたくねえから」
「って、別に」
「あのおっさんは面倒くせえんだよ。あんたにちょっかい出したら面白そうだって思えば、何の罪悪感もなくやるに決まってんだから」
 たなびく煙を見ていたら、アンヘルの髪の毛を思い出した。新海は柚木のイラついた顔を見て首を傾げた。
「つーか、ちょっかいって? 別に少しくらい……」
「拉致するとかだぜ?」
「……はあ?」
「そんで吊るすとか」
「吊るす……?」
「床に爪先すれすれで吊り下げられて二十四時間睡眠なしの水責めとかだぜ?」
「いや、それはおかしいだろ」
「だからおかしいんだっつーの」
 海外ドラマに出てくるCIAのブラックサイトじゃねえんだからとさすがにぞっとした新海の顔を見て、柚木はひらひらと左手を振った。
「大丈夫、ちゃんと言っとくから」
 そんな相手に何か言ったところで抑止力があるのかどうか甚だ怪しいとは思ったが、まあ心配したって仕方ない。そう思ったらどうでもよくなって、そのことは、数日経つうち新海の頭の中からきれいに消え失せていた。

 その日はよく晴れていて、夜空に浮かぶ僅かな雲の形もはっきり見えた。ハンドルに両手と顎を載せ、都会のど真ん中の割に光って見える星を見上げながら、新海はクリーンサービスが仕事を終えるのを待っていた。
 今日のバンは普段のものよりさらにでかい。車はいつも準備が整えられて置いてあるから後は乗るだけだ。車種も色も毎回違うが、運転手の他に体格のいい成人男性六人と諸々の荷物が積載されるので、とにかく車体はでかくなる。さすがに大型免許が必要になるようなことはないが、元々運転が得意で、車種問わず転がせてよかったと思うことがあった。
 そのバンのドアが突然開いて、新海は背後を振り返った。つい先日、堀田が怪我をして手伝いを頼まれたことがあった。なぜ掃除中に怪我をしたかは結局教えてもらっていないが、また誰かに何かあったかと思って少々慌てる。
 ところが、乗り込んできたのはバラクラバ帽に作業着と胴長のクリーンサービスの奴らではなく、アンヘルとかいうおっさんだった。
 自分の家に帰ってきたとでもいうように自然に乗り込んできたアンヘルは、驚く新海に目もくれず、だらしなく座席に座ってスマホを取り出し、誰かと通話をし始めた。早口のスペイン語だから何を言っているか分からないが、少なくとも切羽詰まったふうではない。
 その様子をしばし眺め、触らぬ神に祟りなし、ということにして、新海もまた前を向く。さっきと同じようにハンドルに両手と顎を載せて夜空に目をやりぼんやりしていると、スペイン語が聞こえなくなり、またちょっと時間が経って、ふと背後を見たら、すぐ後ろにアンヘルがいて驚いた。
「名前は?」
 母国語は英語とスペイン語どちらなのか分からないが、高等教育を受けたのではないかと思わせるきれいな英語で、アンヘルは訊ねてきた。
「……新海」
「お前は面白いな」
「そうですか」
 アンヘルは低く笑って煙草を銜えた
「ユズキが来て、お前に構うなって、釘を刺された。面白半分に手を出したら殺すと」
「──それは、比喩的な意味で?」
 ちょっと面食らって訊ねたら、アンヘルは首を傾げて長い睫毛を瞬いた。火を点けないままの煙草を数回上下させて新海を穴の開くほどじっと見た。
「いや、言葉通りの意味だと思うが。お前はあいつの経歴も何も知らないで運転手なんかやってるのか?」
「──運転手は管理人業務の一環だから」
「管理人?」
「ビルの」
 詳しく説明したら、アンヘルはおかしそうに笑った。年齢は多分五十代だろう。精悍な面差しは整っていて、美形と呼んでもいいくらいだ。だが、高い知性を感じさせるその瞳の中に、覗き込んだ者をぞっとさせる何かが同居しているように感じる。この間からずっとどこかで見たことがある目だと思っているが、誰のものだか分からない。そう思った瞬間にアンヘルが「シンカイ」と口にして、誰に似ているのか突然閃いた。
「ユズキは俺の友人の教え子だ。俺は直接教えたことがないからそこまで詳しくはないが、素質があったと聞いてるし、そうなんだろうな。怪我がなければ、今もあそこにいただろう」
「あそこ?」
「本人に訊けばいい」
 アンヘルは絵本に出てくる猫のような笑みを浮かべた。結局銜えただけだった煙草を摘んで上着のポケットに押し込み、立ち上がる。自分より大きいわけでもない男から感じる威圧感に、不本意ながら新海の身が竦む。
「金は後で届けると伝えてくれ」
 音もなくバンから降りていくアンヘルを見送りながら、新海は知らず詰めていた息を吐いた。
 相変わらず晴れた夜空はさっきより雲が少なくなっていて、瞬く星が少し多くなったように錯覚した。
 この間見たときと変わらない、だらしないといってもいい佇まいの男。見た目はまるで違うのに、アンヘルの目の中、まるで遠い星のように小さく煌めく不穏な何かは、新海に柚木を思い起こさせた。
 バラクラバ帽の一団は隊列を組んで戻ってきた。その様子に、何となく蟻の行列を思い出す。
 普段から整然と撤収はしてくるが、今日は死体袋が三つあるからなのだろう。
 二人一組で一袋を持ち、一列になっている。一組が袋を積んだら素早く下がり、次の一組。袋を置いた組はまた建物内に入っていき、今度は装備を抱えて戻ってきた。
 穴に吸い込まれるようにぞろぞろとバンに乗り込んでくる奴らを収容し、最後に柚木がドアを閉める。今日は荷物が多いからか、柚木はバラクラバを取って助手席に乗り込んできた。帽子を被っていたせいでぺたりと寝てしまった髪の毛を乱暴に掻き回して座席に収まる。少なくともその横顔は普段どおりで、危険な雰囲気も何も感じられなかった。
 相変わらず仕事の後は寡黙な奴らとともに暫く走る。目的地で落とした後は、車を所定の場所に戻し、途中で近くのスーパーに寄った。
 羊羹を夕食にするとか本気で言い出す奴がいるから、冷蔵庫の中身を思い出しながら献立を考えて食材を買う。来るのかどうかもはっきりしない奴のために何だかな、と思いはするが、自分が好きでやっていることなのに、相手に求めるのは間違っている。分かっているから溜息を吐き、誰も歩いていないのをいいことに、銜え煙草でビルに戻った。
 食材を冷蔵庫に突っ込み、暫く書類仕事に熱中していたら管理人室のドアが開いた。
「なあ、シャワー貸して」
 普段と何も変わらない柚木の声に、新海は頬を緩めて立ち上がった。

 シャワーを浴びてさっぱりした柚木は、新海が用意した鶏肉の梅煮を黙々と口に運んでいたが、バンにアンヘルが乗り込んで来た話をした途端顔色を変えた。
「ああ!?」
「口に物を入れたままでけえ声を出すなよ」
 柚木は素直に鶏肉を飲み込み、お茶を飲んで一息ついてからおもむろに口を開いたが、それはほとんど独り言だった。
「まったく、どうしようもねえ……まあ、俺が脅したところで聞いちゃいねえだろうとは思ったけど」
「一応は聞いてたみたいだぜ?」
「……ああ、そう」
 溜息を吐いた柚木はまた食事に戻り、とりあえず自分の前に出されたものは食べ終えた。胃袋が小さいというわけでもないようで、食おうと思えば食えるらしい。食器を下げ、新海が洗い物をする間ソファで煙草を吸ってぼんやりしていた柚木は、戻って来た新海が隣に腰かけた途端、どさりと倒れ込んできた。
「なあ」
 柚木は新海の腿を枕にして寝転がり、真下からこちらを見上げてきた。
 三十路で、一見細すぎるくらい細いが実はものすごく筋肉質で、一癖も二癖もありそうな野郎どもを従える独裁者で、まあ顔立ちは整っているが、かわいらしいなんて間違っても思えない。
 そのはずなのに、やっぱりかわいい、なんて言葉が一瞬でも頭を掠めたのだから、重症だな、と新海は内心溜息を吐いた。
「──何だ」
「何であんた、何も訊かねえの」
「……この間の国籍の話か」
 両親の海外赴任中に米国内で生まれ、二重国籍を経て、今はアメリカ人だという話だ。
「それもそうだけど」
「岡本から聞いたからな」
「でも──何で日本国籍を選ばなかったかとか、そういうの」
 新海は真下で煙草を吸いつける柚木を見下ろして暫し黙った。訊きたくないわけではない。訊いていいのか分からないだけだ。岡本は信用されているのだから訊いてもいいと言っていて、柚木本人ですら、訊きたければ訊けと言う。だが、本当に知りたいことを訊いてもいいのか、それが新海には分からなかった。
 新海は柚木の右手を取り、傷口に唇を押し当てた。柚木が眉を寄せ、舌を這わせたら癇癪を堪えるように唇を震わせた。
「質問責めにしたら、お前は来なくなんじゃねえかって思って」
「……」
 柚木は肯定も否定もせずに煙を吐いた。答えたくないのではなく、答えを知らないのかもしれない。僅かに揺れた瞳にそんなふうに考えた。
「お前が好きだし、仕事を手伝うのも、一緒にいんのも楽しいし、セックスもいいし」
「──サボ子も預けたし」
「そう、サボ子も預かってるし」
 岡本曰く柚木の信頼の証は、今日も元気に窓辺に鎮座ましましている。
「お前を俺でいっぱいにするって仕事も、管理人としてまっとうしねえとなんねえし」
 柚木が少しだけ笑う。煙草を取り上げて灰皿に放り込み、ゆっくり覆いかぶさって唇を重ねた。舌の表面を尖らせた舌の先で辿ったら柚木の脚がひくりと震える。
「怪我しなきゃ、お前はずっとあそこにいたっておっさんが──アンヘルっておっさんが言ってた。あそこがどこかはお前に訊けってさ」
 柚木が眉間に皺を寄せて何か言いかけたが、新海は構わず続けた。
「気にならないわけじゃねえけど、今は訊かねえ。さっきも言ったけど、お前が来なくなったら困る。これもさっきも言ったけど、お前が好きだ」
低く笑った柚木が新海の顔を見上げて訝し気な表情になり、そうしてそのまま固まった。
何も言わない柚木を引きずり上げて、膝の上に抱えてうなじをきつく噛む。Tシャツを捲り上げて背骨のひとつひとつに歯を立てながら、スウェットの中に手を突っ込んで下着の上から掴んだものを擦り上げた。
「新──ん……っ」
 ほんの少し弄っただけですぐに下着の中が滑り、粘つく音が響き出した。柚木は後ろに片手を伸ばして新海の首を抱き、新海の頬に頬をすり寄せて息を乱した。重く湿った感触が掌に纏わりつくようになったから、スウェットごとずり下げた。膝の上の柚木を持ち上げて抱え、切っ先を押し当てる。
 自分の体の一部が柚木の中に沈んでいく様は、どこか現実味を欠いている。
 先端が入り込んだところで焦らすように揺すったら、柚木が腰を落とそうとして身を捩った。
「まだ入る──」
「あ、あっ……あぁ」
 耳元で囁きながら埋めていくと、柚木の中が蠢き、きつく締まった。
 感じるのは快感だけではないだろうに、何度か突き上げると、柚木の声に甘さが滲んだ。腰を反らせた拍子にいいところに当たったと見え、仰け反った柚木は激しく喘ぐ。新海がそこを狙って押し込める度、柚木は声を上げて腰をくねらせ、溢れる体液で新海の手を濡らした。

 酷く乱れた柚木は新海のものを上からも下からも飲み──新海からしてみれば、そんなものはいいからもっと飯を食ってくれと言いたかった──また身体中を洗う羽目になった。そうして、今は新海の腕の中で無防備に眠っていた。
 普段はちょっとした物音や何かにも野生動物並みの反応を見せるが、疲れたのか、新海が髪を撫でても寝息は規則正しく続き、途切れなかった。
 警戒しているとか怯えているとか、そういうのとは違う。訓練され習慣になっているのではないかと思わせる外的刺激への反応も、疲れていれば鈍るものなのだろう。
 自分といるから安心しているなんて馬鹿馬鹿しくて考える気にもならないが、少なくとも、ここに柚木が入り浸ってもサボ子は元気で、預かった時より色艶がよくなったのは事実だった。
 何もかも綺麗に拭き取ってしまう柚木にも、拭えない過去があって埋められない空白を身の内に抱えている。サボテンすら枯らすその内面は、しかしだからといって人間らしくないわけではないに違いない。
「……羊羹持って挨拶に行って欲しけりゃ行くけどな」
 そんなものが何の保証にもならないことは身に染みて知っているけれど。
 新海は眠る柚木を抱き締める。柚木は眠ったまま、小さく、どこか満足げな溜息を吐いた。