ユズキクリーンサービス 2

「マスター、玉子サンドひとつー」
「卵は切らしてる」
 無表情に告げると、そいつは目をぱちくりした後、ちょっと考えて言った。
「じゃあハムサンドでもいいっす」
 隣に座っているやつがこくこくする。
 ちなみに、二人とも大の大人、しかもガタイはいいほうだ。頷いているほうは坊主、喋っているほうは普通の短髪だが眉が薄い。眉は生まれつき薄いだけで剃り落としているわけではないが、二人並ぶとやたら威圧感がある。
「ハムもねえよ」
「ええーっ、じゃあ何があんの?」
「コーヒー」
「あとは?」
「アイスコーヒー」
「それから?」
「もうねえ」
「ええっ、そんだけ!?」
「うるせえなあ、大体客はお前らしかいねえし、お前らは客じゃねえ」
「言ってることがめちゃくちゃだし、マスター!」
「つーか俺はマスターじゃねえ!」
 新海は話をぶった切り、それこそマスターと呼ばれても仕方ない位置──古臭い喫茶店のカウンターの向こう──でふんぞり返って座り、カウンターに勢いよく両足を載せた。
「でもさあ……」
 眉のない方──渡邉は、情けない顔で新海を見た。関係ないが、坊主頭のほうは石津という。
「マスターいつもいないっすよね。つーか、マスターがいつもいるんだからもうマスターでいいんじゃないっすか?」
「何言ってんだか分からねえ。俺はビルの管理人でマスターじゃねえ」
 喫茶店は、新海の伯父が所有する古ぼけた雑居ビルの一階にある。伯父がここを手に入れたのは割と最近のことらしいが、その時点で喫茶店は既に閉店していた。店主が高齢で体調を崩し、娘夫婦の暮らす九州へ引っ越したのだそうだ。
 だったらさっさと片付けてしまえばいいと思うのだが、伯父はビルを手に入れてから暫く自分で店を開けていたらしく、数は少なくともお客さんがいるのだから閉めるわけにはいかないと宣った。自分がマスターとして開店していた間に数名の客はついた。そうそう来るわけではないが、閉店してしまったら彼らに申し訳ない、と。
 そうは言っても店にはコーヒー豆と水以外は何もなく、看板も出していないから一見の客も来ない。伯父がいう数名の客が現れたこともない。そもそも伯父自身がほとんどここに現れないから意味がないのではないかと思う。
 そう訴えたらお前が面倒見てくれと言い渡され、管理人業務の一環として、たまに、一応店を開けるようになった。といっても客は来ないし、ほぼ留守番だ。
 そんなこんなでいつの間にか、ここはユズキクリーンサービスの溜まり場になり果てていた。ちなみに、いつから、何故そうなってしまったのか、新海には未だによく分かっていない。
「あーっ、わかった、アレでしょ、ほんとは作れないんっすね!? 玉子サンドを!」
「……」
 面倒くさいから誤解させておこう。そう思って煙草をふかしながら無視していると、カウンターの端っこで雑誌を読んでいた柚木が顔を上げて余計なことを言った。
「いや、新海は料理上手いぜ」
「マジっすか!」
 渡邉はなぜか知らないが喜色を浮かべ、餌をねだる犬のような──犬に眉毛はないからまあそれほどかけ離れてもいない──顔で新海を見、睨まれて慌てて柚木を見た。
「料理なんかしねえって態度なのに意外っすねえ。ねえ、代表?」
「んー、まあ態度はでっかいよな」
「おい、俺にタマゴサンドをたかってたのはどこのどいつだ渡邉」
「いや、言われてみれば飯なんて作るのは俺の仕事じゃねえって感じっす」
「どっちなんだよ」
「あれ、ってことはでもちょっと待ってください。代表、マスターの手料理食ったことあるんすか!」
「うん」
「えーっ、いいなあ、俺も食いたいっす、マスターの手料理!」
「だからマスターじゃねえし」
「駄目、新海は俺のだから」
「代表ー、ケチくさいっすよー! マスターはみんなの管理人さんで、みんなの運転手さんで、マスターじゃないけどマスターじゃないっすか!?」
「何言ってるの、お前」
 さすがに石津も眉を八の字にして渡邉に突っ込んだ。なんだっていいが、むさ苦しい野郎どもにかいがいしくサンドイッチを拵えてやる気はまったくない。
「とにかくここは犯罪者御用達喫茶とかじゃねえからたむろすんな」
「なんてこと言うんすかマスター! 俺たち犯罪者じゃないっすから! ねえ代表!?」
「あのさ渡邉、自分の仕事について自分でそんな指摘すんのもなんだけど、死体遺棄も立派な犯罪じゃねえかな?」
「いや、遺棄じゃないっすもん! 回収っす!」
「あーもう何でもいいけどうるせえ」
 顔をしかめて煙を吐きつつ柚木を見やると、柚木は白々しく見られたことには気づいていませんみたいな顔をして、また雑誌に目を落とした。

 その日は夕方から土砂降りの雨になったが、雨が降ろうが槍が降ろうがユズキクリーンサービスの仕事には関係がないので、新海は予定どおり車の中で作業が終わるのを待っていた。
 やつらの仕事はほぼ屋内に限定されている。屋外の場合もないことはないらしいが、そこにあってはいけないものを持ち去るだけとか、落ち葉を被せたりとかするのは素人でもできる。柚木たちが得意とするのは床や壁に飛散した飛沫や、繊維に染み込んだものの除去だ。
 雨が車のフロントガラスを滝のように流れ落ちるせいで周囲を行く車も人も、何も見えない。もっともここは私有地の中だから、通行人も行きかう車もあるはずがないが。
 透明な帯のように垂れていく水をぼんやり見ていたら眠くなってきた。待っているだけというのも意外に辛いものだ。
 眠気と戦っていたら不意にバンのドアが開き、やつらの一人──誰かは不明──が後ろ向きに乗り込んできた。大きな蓑虫みたいな黒い袋の片側を持っていて、向こう端は別の奴が持っている。何が入っているかは推して知るべし。
 荷物が次々に運び込まれ、最後に喪章をつけているから柚木と思われる一人が乗り込んだ。外の作業でもあったのだろう、一人だけずぶ濡れになっている。代表自らご苦労なことだ。
 昼間と打って変わって寡黙な集団と荷物と死体を載せて無言で走る。バラクラバの面々は疲れているのか違うのか、話し声は一切しない。袋の中の死体も当然静かなものだ。「先生」の待つ建物に怪しい風体の集団と荷物を残し、新海は早々に車を出した。
 外は相変わらずの土砂降りで、ワイパーを速くしても前が見辛い。さっきまで濡れ鼠だった柚木がこの雨の中わざわざ身体を洗いに来るとは思えない。それならどこかで飯を食って帰るか、と思いながら、新海は車を走らせた。
 ところが、知り合いのやっている店で軽く飲んでタクシーで戻ったら、住居スペースのドアの前に柚木が座り込んでいた。ビルの鍵は各テナントに渡してあるが、さすがに誰かが来ると分かっていなければ、新海だって居住スペースには施錠する。
「何やってんだ、お前」
「座ってる」
「……今日来るとは思わなかった。すげえ雨だし」
「うん、俺も迷ったけど、来てみた。でもいねえんだもん、あんた」
「電話すりゃいいだろ」
 歩み寄ったら、柚木は片頬を歪めて笑う。
「女と一緒かもしんねえじゃん。野暮はしたくねえし」
 呆れて思わず溜息を吐き、新海は立ったまま足元の柚木を見下ろした。
「あのな……そう思うなら帰るよな? 普通」
 膝を蹴っ飛ばしたら柚木は素早く立ち上がった。近すぎるくらい近くに柚木の顔があって、意外に長い下睫毛の一本一本までがよく見えた。
「飯は食ったのか」
「まだ」
「その辺で何か──」
「あのさ、新海」
「何だ」
 柚木が新海の腕を掴んで一歩近づく。ほとんど密着した柚木の髪から、安物のシャンプーのきつい香りが立ち上る。
「玉子サンドが食いてえな」
「……渡邉には言うなよ」
 溜息とともに吐き出したら、柚木は子供みたいに思い切り笑った。

「餌付けされてんなあ、俺」
「俺が自発的にやった餌じゃねえから違う」
「そう?」
「大体、お前は食が細すぎるし、食い物に興味がなさすぎる」
 冷蔵庫には卵がひとつしかなかったので、結局玉子サンドではなく茹で卵とベーコンとレタスのサンドイッチになった。普段は何を買おうが作ろうが大して興味もなさそうに口にするくせに、何故か今日の柚木はサンドイッチにご満悦だった。
 食ったら洗うか訊いたら、ずぶ濡れになった上に先生のところでシャワーを浴びたから、今日は要らないという答えが返ってきた。だったら尚更何で来たんだ、と思ったが、迷惑しているわけではないから口には出さず、食器を片付け、スマホをいじっている柚木を残して風呂場に向かった。
 髪を乾かして出てきてみると、柚木はスマホを腹の上に載せたまま、ソファの上で眠っていた。目を閉じた柚木の顔は何故か普段より冷たく鋭利で、確かに柚木の顔なのに、しかし別人のようでもあった。
 気が付いたら新海がいようがいまいがその辺で眠り込んでいたり、勝手に来て勝手に泊まって行く。どれも、柚木がここに来るようになって数ヶ月、何度も繰り返したことだ。だが、ついこの間あんなことがあったのに、と思いもする。別に惚れた腫れたの話ではないのかも知れないが、少なくとも新海は、柚木を今までと同じようには見ていなかった。
 髪に手を伸ばしたら、触れる前にいきなり柚木の目蓋が開いた。
「……狸寝入りか?」
「はあ?」
 柚木は不思議そうな顔をした。
「なあ、昼間のあれは何だ?」
「何、昼間のって」
 子供のように乱暴に目を擦りながら問い返す柚木は間の抜けたツラをして、普段とまったく違わない。
「渡邉に言ったろ」
「ああ、あんたが料理上手だって?」
「その後だ」
 ソファに無理矢理尻を載せ、半ば圧し掛かるようにして柚木の顔を覗き込んだ。
「こんな雨だっていうのに、わざわざ来て──それなのに寝るのか、お前は」
「疲れて眠てえんだよ」
「じゃあそもそも来なきゃいいじゃねえか」
「……」
「俺はお前のなのか、代表?」
 クリーンサービスの面子が呼ぶように呼んでやったら柚木は眉を顰めて新海から目を逸らした。
「あれは、そういうんじゃなくて」
「じゃあどういうことだよ?」
「知らねえ」
「こら柚木」
 顔を骨ごと掴んで無理矢理自分に向けさせる。
「だってあんたは俺に──」
 そこまで言ってつっかえ、柚木は口を噤んだ。顎を掴み、唇を重ねる。下唇を甘噛みしたら、柚木の肩がびくりと揺れた。親指を歯列の間に突っ込んでこじ開け、空いた隙間から舌を入れる。生ぬるく濡れた舌が絡んで音を立て、柚木はくぐもった声を漏らして新海の後頭部の髪をきつく掴んだ。
 いいだけ貪って解放したら、柚木は濡れた唇を乱暴に拭い、小さく舌打ちした。それがどういう意味かは分からないが、嫌だったわけではないのは、潤んだ目元から見て取れた。
 柚木は新海を押しやって上体を起こし、腹の上からスマホを退かそうとして取り落とした。一瞬険しい顔を見せ、左手でスマホを掴む。新海は黙ってそれを取り上げ、知らん顔でテーブル──これもオフィス用応接セットのリサイクル──に置いた。
 柚木に向き直ったら、手が伸びてきた。
「──あんたが何かくれんなら、俺が欲しかっただけ。あんたが俺のものなんて思ってない。そんな夢見がちじゃねえから」
 柚木の指が新海のTシャツの上から肩に触れる。その手を捕まえて指に噛みついたら柚木は低く掠れた声を上げた。
「食い物には興味ねえくせに」
「……あんたが俺の中に入れてくれんなら、食い物でも、」
 それ以上は言わせずに、新海は柚木の身体を引き寄せた。
 丈が足りなくて幅も十分ではないソファの上は窮屈だったが、移動するかと訊いたら嫌がったからその場で入れた。押し上げた柚木の左脚。細い腿を撫で上げ、膝裏に舌を這わせる。
 前の時と同じように、深く入れられるのは怖いと訴えられたが、それでも新海は根本まで柚木の中に押し込めて、容赦なく奥を突いた。
 ぎゅうぎゅうに詰め込まれて苦しいとか文句を垂れながら、勃ち上がったものをひどく濡らす。柚木は揺さぶられて我を忘れたように喘ぎながら、自分に突き刺さる男のものに手を伸ばして触れ、切なげに新海の名前を呼んだ。

「なあ、新海」
 結局洗わなければどうしようもない状態になった柚木を洗ってやった──責任は自分にあるから仕方ない──が、おとなしく身体を預けてくる濡れそぼった柚木を見ていたらその気になり、立ったまま壁に押し付け半ば無理矢理突っ込んだ。
 終わった後、いい加減にしろと一発ぶん殴られ、若干反省した新海が髪を乾かして出てくると、今度はしっかり起きて煙草を吸っていた柚木がソファの上から声をかけてきた。
「何だ」
「ウチのやつらが下に集まんの、本気で迷惑か? だったら止めさせるけど」
 柚木は、骨格はしっかりしているが、全体的に薄くて細い。筋肉もついているが、肉の隆起があるような身体ではなく、長距離ランナーに近かった。鋭い印象の顔の造作を含めてかわいらしい感じは一切ないが、逆にいかついとか、ごつい、という単語とも無縁だ。
 だが、正にいかつかったりごつかったりする、恐らく真っ当でない男たちを顎で使って代表と呼ばれているのだ。それだけの何かが柚木には──腕っぷしを含めて──あるのだろうし、だったらたむろする場所を取り上げるくらい、何でもないことなのだろう。
「いや、別に……大歓迎とかじゃねえけど、嫌ってこともねえ」
 冷蔵庫を開けてビールを取り出す。テーブルに柚木の分を置き、隣に腰かけて缶を開けた。
「ならいいけど。そういや、ビルのオーナーでマスターのオジサンって、マジでオジサン?」
「ああ? 作り話じゃねえよ。母親の兄貴だから苗字は違うけど。お前は会ったことねえのか」
「ねえよ。だって、テナント契約は間に業者噛んでるし、俺がここにいるときに下開いてたことねえもん。あんたが来るまで」
 新海はビールを手にしたまま驚いて柚木を見た。
「一回も?」
「うん、一回も。看板なくても電気点いてなくても人がいりゃ気配で分かるけど、誰もいたことねえ」
「あのオヤジ……適当なこと言いやがって」
 柚木は笑って、天井に向かって煙を吐き、灰皿に吸い殻を放り込んだ。
「そんじゃあ、ウチ専用にしてもらうかなあ。どうせ客来ねえんだろ? コーヒー代は月々定額で入れっから」
 片頬を歪めて笑う柚木を眺め、新海は、テーブルの上に放置してあった柚木のスマホに目をやった。
「……金はいらねえよ」
「でもコーヒーは飲んでんじゃねえか。経費だし、いいって」
「いらねえ」
 その代わり、いつか、お前が言ってないことを全部知りたい。
 今口に出しても仕方ない気がした。はぐらかされるか、遠ざけられるか。もしかしたら素直に話してくれるかもしれないが、可能性は多分低い。
 新海はビールを置いて、スマホと並べて置いてあった柚木の煙草のパッケージを取り上げた。
「一本くれ」
「え? それがお代?」
「馬鹿、違う」
「だよなあ」
「コーヒーは注文されりゃ出す。俺がいないときは勝手に淹れて飲め。つーか俺がいても勝手に淹れろ」
「分かった」
「鍵はお前にも渡すから勝手に使え」
「了解しました、マスター」
「あとはマスターって呼ぶな」
「はいはい」
「あとは」
「まだあんのか」
 煙草を銜え、新海は柚木を見ながらゆっくり言った。
「お前以外に飯は作らねえから、二度と注文させんな」
「……」
「まあ、言ったって渡邉あたりは食うまで言いそうだけどな」
 ぎゅっと唇を引き結んだ柚木は数秒そのままでいたが、ぎこちなく新海から目を逸らして前を向き、子供のようにこくりと頷いた。

 翌日の昼過ぎ、新海が喫茶店のスペースに降りて行くと、当たり前のようにユズキクリーンサービスご一行様が集っていた。
「あ、新海さん。っす」
 お疲れ様です、とかおはようっす、とかそういった類のことを言っているらしい。昨日は来ていなかった志麻が一番入口に近いテーブルにいて、手に文庫本を持ったまま頭を下げた。六人の中で一番でかくて新海より背が高いが、一番静かで目立たない。
「よう。何読んでんだ」
 志麻は黙って表紙を掲げて見せた。
「お、最新刊。俺まだ読んでねえ。どうだ?」
「まあまあっす」
 因みに、新海と志麻は読書の趣味が合う。
「新海さん新海さん新海さあん」
 志麻とちょっと話していたら、渡邉が奥から飛び出してきた。
「何だよ」
「昼飯に玉子サンドイッチがありますよー!」
「まさかお前が」
 一歩後退った新海に、渡邉は薄い眉を寄せてみせた。そういう顔をしたら無駄に迫力がある。
「違いますって! 代表が買ってきてくれたんっすよ。なんか有名なサンドイッチ屋があるんですって」
「へえ。よくそんな店知ってるな、あいつ」
「女に聞いたんじゃないっすかあ? たくさんいますからねえ、女。代表、もてるから」
 渡邉が笑って言ったことが意外なほど神経に引っかかった。どんな顔になっていたのか、渡邉は慌てたように座って座って、と言いながら新海の背を押しテーブル席に追い立て、カウンターに逃げていった。
 カウンターの中には石津と柚木が入ってコーヒーを淹れているらしい。店の備品を壊すなよと言いかけて、どうせこいつら以外使わないのだから別にいいか、と思い直して煙草を銜えた。
 新海に気づいた柚木が、サンドイッチが入っていると思しきパックを手にやってきて、向かいの椅子に腰を下ろした。
「はい、場所代」
「……」
 口元に笑みを浮かべたその顔を無言で見返すと、柚木は首を傾げて瞬きした。
「いや、これだけで済まそうとか思ってねえぞ?」
「──分かってる」
「何だよ、機嫌悪ぃなあ。まあいいや、はい、食う前に手拭けよ」
 柚木はパックの上に乗っていたおしぼりのビニール袋を破って新海に差し出した。
「新海さん、コーヒーっす」
 渡邉がコーヒーを持って現れたのでそちらに目を向ける。おしぼりを受け取らない新海の手を柚木が取って勝手に拭き始め、見咎めた渡邉が爆笑した。
「ちょっと代表! 何自分のでもない手を拭いてんすかっ」
「それも職業病か?」
「食う前に綺麗にしねえとな」
「マジでやべえー! 代表ワーカホリック!」
 渡邉がコーヒーを置いて笑いながら離れていく。柚木は新海の顔を見上げ、口の端を歪めて少しだけ笑い、「俺のだからな」と小さな声で呟いた。