仕入屋錠前屋3 逃げ水

 アスファルトからの照り返しで足元からも熱気が立ち昇ってくる。
 オゾン層はどこへ行ったといいたくなるきつい陽射し、足裏を焼く熱、そしてエアコン室外機の吐き出す温風。三重苦の熱に加え、湿った空気が肌にまとわりついてひどく不快だ。
 おまけに今日は頭痛がする。首筋が石のように硬くこわばり、首から後頭部、こめかみを伝って額を両側から締め付けてくる痛み。痛みは眼窩の縁にも色濃く感じられた。
 近視の人のように目を眇め、そうして痛みに抵抗することでより一層苦痛が増す。
 受け流せばいいと、分かってはいるのだ。打撲や切り傷、果ては骨折まで。その手の外傷なら幾らでも我慢できるというのに、おかしな話だ。
 内部からの痛みは無視できない不快さを伴い意識を朦朧とさせる。
 走り去る車が道を譲ってくれた車に鳴らす、挨拶のクラクション。靴底が地面を擦る音。誰かの話し声。着信音、イヤホンから漏れ聞こえる音楽。
 雑多な音の塊が戦の始まりを知らせる銅鑼のように頭蓋の内部をつつき、揺らし、知らず足元がふらついた。
 暑いはずなのに、汗が冷たい。
 目の前に明滅する光の点は頭痛のせいか、途切れがちな意識のせいか。道路の先が、ぬらぬらと光って揺らいで見えた。
 逃げ水か。
 眼を瞬いても、消えるわけもない。それはどこまで追っても、手に入らないものなのだ。陳腐な連想に、秋野は青ざめた唇を歪めた。こんなふうに思い出したと知ったら、険しい目を更に険しくして睨まれるだろう。
 そんなことは知っている。何故こんなふうに思うのか、自分でもわからない。
 愛しさなど、微塵も感じてはいないのに。
 人目を避け、裏道に歩を進める。誰の邪魔にもならず、心配もされない道端の物陰に座り込み、両手で痛む頭を抱えた。
 平日の午後三時。
 夜ともなれば活気付くこの辺りも、人の姿はまばらだった。頭を上げ、どこまでも遠い逃げ水の方へ目を向ける。今いる位置からは見えないはずなのに、それは確かに存在した。
 普段は巧妙に隠された獰猛さを剥き出しにした目が逃げ水を追う。
 吐き出した悪罵を聞く者はいない。
 割れそうに痛む頭を抱え、秋野は食いしばった歯の間からしゃがれた声を絞り出した。

「……哲」